その中心を一組の男女が並んで歩んだ。少女は男に置いてゆかれぬようにと早足で、男は少女を置いてゆかぬようにと歩む速度を緩めて。頭二つ分近い身長の差に引き裂かれまいと、少女は背筋を伸ばし胸を張った。
二匹の羽虫がその後を追い、それぞれが担当する客の姿を柔らかく照らし出す。ロセロは鞄を持っていないこと以外は普段と何ら変わりのない身なりをしていたが、ミオはここ数日の彼女とは大きく異なる装いをしていた。
私服ではあるが、一昨日・一昨々日に着ていたシンプルなものとは違い、所々にレースがあしらわれた軽やかで女性らしい上着を纏っていた。下にはすらりと脚に沿うパンツと踵の低い編み上げサンダル。今日の目的を踏まえ、歩きやすさを重視したものだ。
待ち合わせをした時には大きな帽子も被っていたが、互いに顔が見えづらいため、店に入ってすぐに外した。柔らかい素材の帽子を畳んでポシェットにしまうと、ロセロの視点からでもその表情が伺いやすくなった。二つに結った髪がいつもよりボリュームのある飾りで装飾されていることもわかる。
「……なあ、その」
隣を歩く小柄な姿をちらちらと見ながら訊ねる。呼びかけに応え、少し眠そうな眼が男を見上げた。
「俺ももう少しまともな格好してきたほうが良かったかな」
「い、いえ、全然そんな事ないですよ! 私はその、目立つのが苦手でいつも地味な服ばかり着てるので、こうしたほうが知り合いに気付かれにくいかなって借りてきたんです。と、とにかくそれだけなのでっ」
少女は声を上ずらせて答え、再び進行方向を向いた。心なしか足音がどんどん小刻みになっているようだった。
「んーと、俺は服の事とかには疎いんだが」
「はい」
「今日の眼鏡、いつものより似合ってると思うぞ」
「……っ!」
太めの縁を明るい橙色で塗った眼鏡は、普段かけている黒縁のものよりも、ミオの表情を明るく見せた。母から贈られて似合う似合うとおだてられたものの、自分には派手な気がしてなかなか着ける機会が無かったもので、机の引き出しで眠っていたところを思い切って引っ張り出してきたのだった。
「あっ……ありがとう、ございます……」
消え入りそうな声で礼を述べ、うつむく。煙が出るのではないかと思うほど熱くなった顔を隠すためだった。
「箱ってもしかしてあれか?」
終わりはすぐに訪れてしまった。
二階に降りてすぐの通路を直進した先、突き当りの壁に、ミオにとっては見覚えのある小箱が据え付けられていた。探していたものであり、できればぎりぎりまで見つけずにいたかったものでもある。
「これ……ですね。間違いないです」
間近に寄って見ると、今日はカードが多めに入っていることがわかった。ミオが昨晩インクを塗りたくった紙を使う必要は無くなったのだ。ほっとしたような、思い切りが無駄になって寂しいような、複雑な感情が胸中で渦巻いた。
「よし、こいつで俺のミッションも終わりだ! たぶんな!」
「たぶん、で良いんですか?」
「他に打つ手が無いなら仕方ないだろ。今書くから待っててくれ、こないだ拾ったって奴はそっちで持っていてくれていい」
ロセロは紙と箱に添えられていた鉛筆を手に取り、壁を下敷きとして使って、迷いの無い運筆で要望を書き記した。ほっとしたような柔らかい笑みを浮かべながら。
紙を畳んで箱に戻すまでの時間はあっという間に過ぎ去った。ミオに許された最後の時間は、恋しい人にとっては運良く、焦がれる自分にとっては運悪く、短く静かに終わってしまったのだった。
「あの、ロセロさん」
行動を共にする理由はたった今消失した。伝えるべきことを告げるなら今しかない。
ミオは無意識のうちに自らの服の裾を強く握りながら、相手を見上げて震える声で語りかけた。
「私、最後に、ええと……」
しかしそれは言い切る前に途切れてしまう。ロセロが手を伸ばし、人差し指でミオの唇に触れて制止したのだった。
目を丸くする少女と顔を近づけるため、男は少し身を屈めて、彼女の柘榴石のような瞳を覗いた。
「話、後でも良いか?」
「ふぇっ!? え、べっ別に良いですけど、お仕事終わったしロセロさんもう帰るんじゃ」
「仕事終わったからこそ残るんだよ。そっちが今から学校に行くってんなら俺も帰るけど」
「行きません! 今日はその、丸一日でもご一緒するつもりで……来たから……」
少女は消え入りそうな声で答える。裾を握る手に更に力が篭もった。ここでただ一人帰るなどできるはずがない。どうしても足手纏いになるようなら途中で帰る気ではいたが、そうでなければなるべく長く一緒に居たいと思い、就学して以来初めてのずる休みをしてまで来ていたのだから。
「じゃあ、一緒に迷宮観光でもしないか? 俺なら深くまで見て回るための足になれるぞ」
そう言ってロセロは得意げに手を伸ばし、何も存在していない空間を掴んだ。ミオの脳裏に出会った日の光景が蘇る。あの時と同じように作り出された透明な扉の向こうに、迷宮内のどこか異なる場所が映った。
「店の中をあちこち飛び回るだけじゃ怒られないってのはわかったからな。どこに繋がってるかは分からないんだが、適当に駄弁りながら歩いて面白いもんを探すには丁度良いと思うんだ」
男女二人きりで気ままに歩き回り、話をしたり、買い物をしたりする。少女が知っている限りでは、このような行為を指す言葉はただ一つだった。
(つまり……デート!?)
そう気付いた瞬間から、口元が不気味なぐらいににやけてしまうのを感じた。喜びが顔中に滲み出るのを堪えようとするが、顔の筋肉を上手く制御することができない。
「……行きましょう! 折角だし普段行けないようなところも見てみたいです、ロセロさんがいればいけますよね!」
「ああ、任せとけ! ここは仕事とか関係なく楽しみたいって思ってたんだ。俺にとっちゃ最後になるだろうしな」
最後になる。彼が何気なく付け加えた一言が、浮かれていたミオの心に鋭く刺さった。
(優しいけど、ずるい人)
異なる場所へと続く扉を並んでくぐりながら、ミオは心の内で一人嘆いた。
ミオにとってのその後の時間は、まるで夢でも見ているかのような心地だった。夢であったことを惜しんでしまう類の、楽しすぎる夢。
「うわ何だこりゃ、また面白いもんあったぞ」
「今度は何ですかー?」
「手乗りサイズの雲。雨降ってる最中の奴もあるぞ」
少し後ろを歩いていたミオが駆け寄る。二人で同じ棚を覗き、木枠の中をゆったりと漂う小さな雨雲を観察した。その下では七色に光るスポンジのようなものが水を吸い続けている。ロセロはしばしば商品に鼻がぶつかるのではと心配になるほど顔を近づけ、不思議な品々を観察した。その様子を傍から観察していると、今までミオに見せたどの表情よりも幼いように見える。
変わった品を見て目を輝かせる姿の他にも、ミオが知らない顔はまだたくさんあるはずだ。たったの五日間、それも一日に少ししか顔を合わせない中ではとうてい見ることのできない、様々な状況下における姿が。
庇護すべき年下の者に見せる上澄みだけではない、もっと深い場所から湧く表情を見たい。そんな思いに突き動かされ、少女は彼の興味を引けそうな品を探していた。
「見てくださいロセロさん、ちょっと気持ち悪いけどかわいいですよー!」
「お、今度はなん……」
声のするほうへと振り向いたロセロの笑顔が凍り付いた。咄嗟に身構えた男の視線の先で、極彩色の模様が付いたロングケープを羽織ったミオが微笑んでいる。生々しく書き込まれたぶち模様と、フードについた柔らかそうな触角が目を引いた。
「地方によってうみうしって言ったり海なめくじって言ったりするんでしたっけ、これ着心地も……って、どうしました?」
「お、おう、ちょっと驚いただけだ……ギラギラしてウネウネしたでかい生物が、なんつーかこう、あまり得意じゃないっつーか、あれだ」
「……苦手なんですか?」
「…………」
男は気まずそうに頷いた。その様子が何故だかとてもおかしくて、ミオはついにやけた顔をしてしまう。
「ロセロさんにも苦手なものってあるんですね」
「そりゃあ、まあ、な」
早く棚に戻そう、ウミウシがうつるぞ、等と急かされ、少女はくすくすと笑いながらケープを畳み棚に戻した。
「よし、次行くぞ次! トイレは大丈夫か!」
「さっき入ったばかりじゃ……ひゃっ!?」
突然手を握られ、意図しない声が口をついて出る。どこか恥ずかしそうな顔をしたままのロセロは、連れの手を引いて新しい空間の裂け目をくぐった。通算四回目になる空間転移を経て辿り着いた場所は、人気のない階段の前だった。
吸い寄せられるように石段を降りてゆくと、十九階と二十階を繋いでいることを示す表示を踊り場で見つけることができた。自らの力だけでは決して見ることができなかったであろう木彫りの標識を前に、ミオは燦々と目を輝かせた。
「この下が、最下層……」
「なんか不気味なもんばかり置いてるけどな。それでも良ければ行ってみるか? とにかく意地の悪い造りになってるけど攻略は俺がどうにかする」
提案はとても魅力的なものだった。折角ここまで来たのだから覗かない手はない。反則的な手段であるため友人達には語れそうにないが、二人だけの秘密としてずっと胸にしまっておくことはできる。もう少しだけ夢を見ていたくて、静かに頷いた。
ミオは棚に並ぶ不気味な商品たちに怯えながら、連れの背後に隠れるようにして歩いていた。一列に並んだ仮面に一斉に微笑み掛けられた時は心臓が止まりそうな思いをしたが、それでも泣きべそをかいたり、一人で発作的に店を出てしまったりしなかったのは、ひとえに同行者の頼もしさゆえである。
ロセロが言うには、以前最下層に存在していたカフェが上層に移設されたため、現在はそれに代わる他の施設、もしくは目玉商品が配置されているかもしれないとの事だった。
「流石に疲れるな……」
「そうですねー……」
メモ帳に手書きの地図を作り、様々な罠に惑わされそうになりながらも進むと、かつてこの階でカフェを見つけたときと同じような、中心に向かって渦を巻いた形の通路を見出すことができた。以前と大きく違ったのは、羽虫の光が消えるエリアが長く続いていたこと。棚は殆どが空になっているようだった。
「私達、どうしてこんなことしてるんでしょうね」
「意味わかんねえよなあ」
はぐれぬよう手を繋ぎ、真っ暗な中を手探りで進みながら笑いあった。最深部へと至る道のりはデートの域を超えた難易度となっていたが、その厄介さもまた話の種になる。
暗さにも慣れてきたと言う話を始めた頃、次の曲がり角の先から射す光が見えた。
「明るい……?」
「そろそろお終いか」
行こう、とロセロが手を引く。冒険は今終わろうとしていた。
光が漏れている角をそっと覗くと、色とりどりの光たちが二人を出迎える。ミオは目を丸くし、感嘆の声を漏らした。
「きれい……」
そこには開けた空間が存在し、床と内壁代わりの棚を埋め尽くすように大小様々な鉢が置かれていた。鉢から生えているのは大小様々の植物と茸。大きいものでは天井に届く背丈のものまである。花のみ、葉のみ、全ての部分、とばらつきはあったが、全ての商品がその一部または全体を発光させていた。
床に置いてある鉢を蹴り飛ばさぬよう、細心の注意を払いながら中心部を目指して進む。羽虫たちは光を点さぬまま静かにその後を追った。
「夜光植物園、ってところか。随分ロマンチックなもん用意してるじゃないか」
「でもやっぱり売り物なんですね」
よく見ると全ての鉢に値札が付けられている。ミオはその中の特に小さなものを手に取り値段を確認した。花にしては高いが十分に手の届く額だ。この花をプレゼント交換会に持ち込もうかと一瞬考えたが、すぐに諦め元の場所へと戻した。これは人に渡すよりも自分で持っていたい。
「今日は付き合ってくれてありがとうな。楽しんで貰えたなら良かったんだが」
「勿論です! ここ、ずっと見ていたくなりますね」
「ずっと……か。なあ、ミオ」
ロセロはいつになく真剣な眼差しでミオを見据えた。ミオもまたそれに応え、柘榴石の瞳で相手を見上げる。少しの間訪れた沈黙を破ったのは、どこか申し訳無さそうな顔をしたロセロだった。
「謝らなければならないことがあるんだ。聞いてくれるか」
低い声で、ぽつり、ぽつり、と語りだす。ミオは静かに頷き、僅かな期待に胸を焦がしながら言葉の続きを待った。自らが望む展開になることなど無いと思いながらも、心のどこかでそれを期待してしまっていた。
「俺は明日からいつもの仕事に戻る。使い走りとしてあちこち駆けずり回って、ボスの命令なら何でもやる。今みたいな雑用も勿論あるが、取引のために傭兵として貸し出されることもある。そこで誰かを傷つけて、その恨みを買うこともある」
「……そう、なんですか」
「ああ」
少女にとっては始めて聞く話だった。彼について何も知らないまま焦がれていたのだと改めて自覚する。すぐ傍にいるのに、とても遠いところから話を聞かされているような気がした。
「うちの仲間連中は殺しても死なないような奴らだし、俺もそんな感じなんだが、他所で知り合う奴らはそうはいかないだろ。何か面倒事が起こったときに巻き込んで、傷つけちまうこともあるかもしれない」
「そんなことは」
無い、と言い切ることができなかった。脳裏をよぎったのは、この店で泥棒から逃げ回るだけの自分と、怯えている所をロセロに助けられた自分。少女は横暴や理不尽に対してどこまでも無力だった。彼が危惧するような事態に遭遇したとして、己の力で対処できるとはとうてい思えない。ミオは上着の裾を握り押し黙った。
「……だから今日でお別れだ。なのにこうやって半端に誘っちまったりして、その、すまない」
ロセロは視線を逸らしてはまたミオの眼を見てを繰り返した。大きな身体と男らしい声には似つかわしくない、子供のような仕草。罪悪感を感じているのは本当であるようだが、一つの疑問が残った。
「いいんです。私も、楽しかったから……でもどうして私に構ってくれていたんですか? 後になって謝るぐらいなら、さっさと帰ってしまえば良かったんじゃ」
ミオがどうにか声を絞り出して問うと、ロセロは自らの頭を掻きながら、どこか照れくさそうに答えた。
「……そんな顔でずっと見られて浮かれんなとか、無理だろ」
「へ……?」
少女の口から間抜けな声が洩れる。言葉の意味をすぐに理解できず、目を丸くしたまま必死に思考を巡らせた。
「今日なんか随分めかしこんで来たし、恥かかせられないじゃねえか男として」
「あっ、あの、話が読めないんですけど」
少女が詰め寄ると、男は僅かに後ずさった。声は徐々に大きくなり、言葉を紡ぐ唇の動きが早まる。
「しかもどこにでも不法侵入できる男相手に家の場所ばらすし。手引いたらどこまでも付いてくるし。怖がらせると楽しいし、隙があるどころか隙しか無い面して俺の後着いてくるし。ヒヨコかお前は」
「よくわからないけど何で怒られなきゃいけないんですか」
「こいつ放っておいて大丈夫かって気になっちまうだろ! 俺がいきなり裸になって飛び掛ってきたらどうするつもりだったんだ!」
「意味わからない逆ギレしないでください!」
「だからそこで怒った顔初めて見せるのやめろって、あー、くそっ」
上手く噛み合わない会話の歯車。ミオは声を荒くしてにじり寄り、ロセロは彼女から逃げるように後退する。数歩下がったところで、背後にあった鉢を蹴飛ばしかけ、止まった。
そして鉢が破損していないことを確かめると、はあ、と大きく溜息をつきながらその場にしゃがみこんでしまう。
「本当はもっとクールに消えるはずだったんだ……」
体躯と似つかわしくない動作が相まって、自らの頭を抱える姿がコミカルなものに見えた。その姿を目の当たりにしたミオは少しだけ笑って、ロセロの目の前にそっと膝をついて座り込んだ。
その後は少しの間沈黙が続いた。静寂と辺りを埋め尽くす優しい光が、少女の思考を纏める手助けをしてくれる。導き出した結論は、彼女にとって恥ずかしくはあるが喜ぶべきものでもあった。
「私の気持ち、全部顔に出てたんでしょうか……」
「ああ、だだ漏れ。……応えてやれなくてすまない」
「謝られるようなことじゃないです。私は、ロセロさんが私のことを考えてくれているってだけで、嬉しいから」
微笑んで、小さな嘘をついた。
本当はこれからも会いたい。他愛も無い話をして笑いあいたい。毎日でもその声を聞きたい。そんな想いを、ポシェットをまさぐる手で底へと押し込めた。
「他所の人と仲良くなるの、怖いですか?」
「……怖い、か。そうだな、怖いんだ。深入りするべきじゃない奴に深入りして、不幸にして、泣いてた仲間の姿を見たことなんかもあって。びびっちまってる」
俺はそんな男だよ、と吐き捨てたロセロの姿は、出会った時と比べてとても小さなものに見える。しかし彼が見せた弱さも、ミオの胸に宿る熱を冷ますには至らなかった。それどころか、秘められていた姿の一つを知ることができたと言う事実に嬉しさまで感じてしまう。
「ロセロさん、これを」
ミオはポシェットの底から一通の封書を取り出し、目の前の男へと差し出した。辺りの幻想的な光景に背を押されているせいか、その手が震えてしまうことはなかった。
煉瓦造りの壁を模した柄が印刷された封筒に、丁寧な字で宛名と差出人の名が記されている。ロセロは顔を上げ、割れ物を扱うかのようにそっと封書を受け取った。
「名前の綴り、間違ってたらごめんなさい……わからなくって」
「頭捻って考えてくれたんならそれが正解さ。今読んでもいいのか、これ」
「はい」
少女は静かに頷いて、便箋を開く相手の顔を見つめる。
昨晩は布団にも入らず、どうすれば彼との繋がりを絶たずにいられるかを考え続けていた。ただ想いを伝えるだけでは足りない。住む世界の隔たりを超えることができない。何か良い手はないのかと考えて、考え抜いて、その末に至った結論がこの手紙にしたためられている。
眠い目をこすりながら下書きを作り、丁寧に清書を行った。その努力が少しでも報われることを祈りながら、固唾を呑んで反応を待った。
「……俺たちは」
手紙を読み終えたロセロがぽつりと話し始めた。ミオは相手の眼を見つめ、相槌を打つ。
「出会ってからまだ数日しか経っていない。顔を合わせなくなったら、あんたの熱もすぐに冷めてしまうかもしれないぞ」
「諦めさせようと言ったってそうは行かないですよ。私、待ってますから」
「何を?」
「ロセロさんが勇気を出してくれる日を、ずっと、ずーっと」
そして鈴を振るような声で答え、柔らかく微笑んだ。彼女の顔の隣で白く光る葉のおかげで、頬がほんのりと紅潮しているのがわかる。小さく言葉を紡ぐ唇は、彼女が意図しない色香を放っていた。
ロセロはその姿に思わず息を呑み、相手の頬へと手を伸ばしかけるが、肌が触れ合う前に思い留まり、その手をまっすぐに差し出すだけにした。
「その根比べ、受けて立とうじゃないか」
「……! はいっ!」
固く握手を交わし、伝わる体温で約束を確かめた。見詰め合って微笑むと照れくさくて仕方がない。
「はっきり言って返事は遅いし、字も下手だし、中身だってたぶんアホみたいなことばかり書くぞ」
「それでいいんですよ。気楽に、やりたいようにゆっくり、ロセロさんのことを教えてください。もっと詳しく知りたいんです」
夜光植物達は静かに二人を見守り続ける。
それ以上肌を触れ合わせることのないまま、優しい言葉だけを絡めあって、最後の時間は静かに過ぎ去っていった。