セレストラのかたすみ

迷宮百貨店にて

#08 続いてゆく日

 ミオの家に郵便受けが増えた。元より使用していたものと混同しないよう、裏手にひっそりと据え付けられた、木製の小さなものが。朝起きてすぐと帰宅してから、そして寝る前の一日三回、この中身をチェックすることが彼女の日課となっていた。迷宮百貨店での思い出深い出会いから季節が一つ過ぎ去っており、秋が訪れようとしていた。
 今日は友人達と共に勉強会を行い、いつもより遅めに帰宅した。自宅で続きをするべく、道すがら新しいノートを買い足して。初めての恋で浮かれて復習に身が入らず、いまいちな結果に終わった中間考査の仇を、この次の期末考査で討たなければならないと決意していた。
 家に帰ってからも参考書との戦いは続き、あっと言う間に夜が更ける。そして疲れを感じたときに、机の引き出しに収めている飾り箱から手紙を幾つか取り出し、ベッドに寝転んで読み返すのだった。
 今回開いたのは先日届いたばかりのもの。内容はやはり手紙を書くのは未だ慣れないと言うこと、次に同僚と飯を食べに行った先で巻き込まれた奇妙なトラブルのこと。締めとして試験勉強に打ち込んでいるというミオの体調を気遣う言葉が、少し堅苦しい字で綴られている。
 一通り目を通してから、便箋を畳んで枕元に置く。そして代わりに枕を掴み、抱きしめて、布団の上をごろごろと転がった。手紙の差出人に想いを馳せると気持ちが高まってしまい、いつもこのような行動に出てしまう。うつ伏せになって枕に突っ伏し、足をばたつかせた後、ようやく落ち着いた。
 手紙はこの街の配達人が届けてくれるものではなく、不定期に家の裏手の郵便受けへと投函されているものだ。返事を出したい時もまたその郵便受けを使う。手紙を入れておくと、届けたい相手が自分でその中身を回収してくれる。家の周りをうろついて近所の住人に不審に思われることもなく。離れた空間同士を繋ぐ術に長けた、彼女の想い人だからこそできる芸当だった。
 迷宮百貨店での一件以降、二人は一度も顔を合わせていない。しかしミオがどうにか約束に漕ぎ着けた文通は、絶えることなくゆったりと続いていた。
(いつか、『また会いたい』って言わせるんだ)
 目標は遠そうだが、手応えがない訳でもない。すぐに想いを受け入れて貰うことができないなら、時間をかけて彼の心に立つ障壁を削ってゆくのみだ。肝心な所で優柔不断なヒーローはその挑戦を許してくれている。
 彼に焦がれる心は未だ冷める様子が無い。根比べの利はこちらにあると思うと胸が躍った。
 ミオは気が済むまで転がったところで立ち上がり、手紙を箱へと戻した。そのついでに積んだ手紙をめくり、一番下に埋もれている紙切れを見る。迷宮に返されることのなかった、『お客様の声をお聞かせください』のカードだ。
 魔法の砂消しで全面を擦った結果、痛んだ紙の中央に、消えないインクで書いた文字だけが残った。一度は諦めて消した、けれど結局諦めることのできなかった願い事が、彼女のもとへと戻ってきたのだった。これを見る度に何となく勇気が湧くようだった。
 上級生になって学べることの幅が広がったら、護身に使える術についてもっと詳しく知りたいと考えていた。自分で自分の身を守れるようになり、彼の不安を打ち砕いてその隣に立ちたいと。
 その為にはまず基礎を固めておかなければならない。もう少しだけ頑張ろう、と自らを奮い立たせて再び机に向かった。
 ふと窓を見ると、白い小さな花が月光に負けじと光り輝いていた。この花を見つけた最下層には今何があるのか、見に行きたいと常々思っている。
 前回得られたものを超えることはないとは思うものの、何かまた素敵な出会いが待っているはずだ。