ふわぁ、と大きくあくびをして席を立つ。休日の午後はまどろむのに最適な環境を作り出していたが、今はもう少しその誘惑に抗いたかった。ローテーブルに積んだ本を少しでも読み進めるために。
「ちょっとお茶淹れてくるねー」
「おう、頼むわ」
ユェヅィオはソファの上で脚を組み、モニャニヤと同じように本と睨めっこをしている。手にしているのは各地の神話や伝承に纏わる本だ。背に図書館の蔵書であることを示す紙が貼られている。示し合わせたわけでもないのに、同じ目的のために同じタイミングで本を借りてしまったことにはもう笑うしかなかった。
豆茶を注いだマグカップをそっと置くと、ユェヅィオは一旦本を閉じて熱い茶をちびちびと飲み始めた。モニャニヤもまた大きく息を吹きかけてからカップに口をつける。煎り豆の香ばしい匂いが、凝った体と心を温めてくれた。
「そういやモニャ、それっぽいのが見つかったぞ」
「本当!?」
ユェヅィオは一息ついた後、先ほどまで読んでいた本を開いて差し出してくる。モニャニヤは本をひったくるように受け取り、促されるままに指された箇所に目を通した。
「……メレト伝によると、その際に追放された者のうちのいくらかが、より重く罪を負うべきとされ姿を変えられたとされている。メレトが死に瀕した際に死の海を幻視したと先述したが、その海で見た生き物たちの中で、彼が最もおぞましいと感じた八つ脚の種がモデルとなった。異形となった追放者たちはその後ヅェヅェカの森に逃げ込み……」
読み上げてゆくうちに、その項が自分たちの祖先を指しているのだとわかった。祖先たちの視点ではなく、森の外の人間が書いたものであるということも。何度も出てくる人名は、森の外の神話に出てくる大魔術士だったはずだ。なかなか失礼なことを書いているとは思いつつも、そこには目を瞑って頁を捲った。
「プイのご先祖が、私たちの姿の元になったってこと?」
「諸説あるうちの一つだけどな。しかしモニャが言ってたことが確かならちょっと信憑性が出てくるぞ」
本当だよ、と再度告げる。先週末の一件については、兄とミオとレイルズにだけその詳細を話していた。一歩間違えれば死んでいましたよ、と師に叱られ縮み上がってしまったのが記憶に新しい。プイが私を突き飛ばしたのは、私を思ってのことだったんだ……と今なら言い切れる。最後に見せたあの姿は、二週間の冒険を経て、彼が少し大人になった証だったのかもしれない。ずっと共に遊んでいたいと駄々をこねたりしない程度に。
プイが去ってからの数日間、学校ではとある事件が話題となっていた。街の日陰に棲むゴースト達の多くが、あの日を境に姿を消してしまったそうなのだ。中にはそのうちの一人が空へ上ってゆく姿を見た者もいるらしい。その表情は安らかなものだった、とも。
空を泳ぐ人魚たちが連れていたもの、そしてプイが集めていた球の輝きを思い出す。彼らは旅路の果てにどこへ行き着くのだろう。一生知り得ないことかもしれないが、できるならまた彼らの残光を見たいと思っていた。今度は地上から、数多の星を見上げるように。
プイとまた会える日が来るとしたら、それは自分の命が燃え尽きる時だろうか。早死にするつもりはないので、ゆっくりと老いて、孫や曾孫に看取られてから。
腰の曲がったしわしわのお婆さんになっていたとしても、またあの時のように、私を見つけてくれると良いな――秋の空を眺めながら、少女はそう願った。