「ねえ、エリー」
「なんだい」
「ここが死後の世界なんだとしたら、もっと前に他のところで死んだ私たちも、この景色を見たのかな」
私たちの身体は替えが効く。旅先で壊れてしまうと、弾き出された魂だけを連れ戻されて、また新しい身体に入れ直される。でも稀にその回収が上手くいかず、直前のバックアップが使われることがあって……その時帰還できなかった魂も、こうやって死後の世界に来たのかなあと、ふと思った。
「どうだろう……こういうのは信教や死んだ場所に依存するかも。街には同じような形の人しかいなかったし、少なくともここはあらゆる世界の亡者を受け入れますってところじゃないと思うんだ」
「ふむむー」
「消えたほうの僕らは、また違うところへ流れ着いたんじゃないかな」
違うところ、に思いを馳せてみる。消えた他の私たちも、こうやって安らかな世界に行けていますようにと願った。生前の罪をしつこく掘り返されて突き回されるようなところじゃないといいな……って。
それからも私たちは他愛もない話を続けながら、平坦な野をひた進んだ。すると変わり映えのないように思えた景色の中に、ぽつりぽつりと、いくつかの建造物が混ざり始めた。どれも真っ白な外観をしていたから、遠くからでは分かりづらかったみたい。
「廃墟……みたいだ」
「誰か住んでそうには見えないよね」
霞の中から現れたのは、大小さまざまな石造りの建物だった。遺跡群、と呼べばしっくり来るかもしれない。どれも劣化が激しく、あちこちが欠けているけれど、街の建物のように蔦が絡みついているものはひとつもなかった。野に咲く花たちでも不躾に触れてはいけないもの。そんな雰囲気を纏っていて、お散歩気分で踏み込めるような感じではない。
でも、やっぱり気になるので、私たちはあちこちの施設跡を外側から覗いて回った。天井が崩落しているものは、月光が射しこんでいるから中の様子を窺える。いくつか見て回ったけれど、中には石が転がっているだけで、人や獣の気配はなかった。
「ラビ、これ何だと思う?」
「うーん、過ぎ去った神話の名残、とかかな……ほら、神殿みたいなところがやたら多いよ。何かの像だったっぽいものもある」
私たちは好き勝手な憶測を並べながら、遺跡の群れを通り抜けてゆく。もしかするとこの先に神様とかそういうのがいて、私たちを裁くために待っているのかもしれない。
この世界と対になっている世界の歴史や神話を知っていれば、何かしらのヒントがあったんだろうなあとは思うのだけれど、今となってはもう調べられない。そもそも、好きで来た訳じゃないうえにずっと拘束されていたんだから、学びようがなかったのだけれど。
死者の世界が存在していて、そこの河から力を吸い上げる不届き者がいた、ということだけは思い出すことができた。あいつさえいなければ、渡し舟はあんなに混まなかったし、そもそも私たちがここに追いやられることはなかったんだ。
エリーと行動を共にしている間に、少しずつ蘇ってきた記憶には、いまいち現実味がなかった。でも、それはきっと幸いなこと。私がここに来るまでの経緯に同調しすぎたら、きっと私は今の姿を保っていられなくなる。そう気づいてしまった途端に、
「……っ、ぁ」
私の腕が、脚が、すうっと透き通ってかき消えた。剥き出しになった切断面から、絶望感が入り込んできて魂を蝕む。私の全てが冷えてゆく。
そうだ。そうだったんだ。死んだときの――『ようやく死ねた』ときの――私はこんな姿をしていたはずで。正しくはもっと惨めな、人としての尊厳を全て奪われた、見るに堪えない姿を。
でも、私の身体がそのまま地面に転がることはなかった。消えた私の左手を、エリーが咄嗟に捕まえてくれたから。
彼は何もないはずの場所を掴む。するとそこにまた私の腕が現れて、肩と確かに繋がった。左腕だけではなく、右も、両脚も。自分の足でどうにか踏み留まった私を、エリーはすぐさま引き寄せて、強く抱きしめてくれた。
「ごめ、ん」
「謝ることじゃない。ただ思い出して……君の姿は、こう」
少し焦りの浮かんだ、けれどもできる限り優しくといった様子で囁く声。彼はその場にひざまずいて、私の手の甲に口づけを落とした。そして脱げてしまった靴を拾って履かせてくれる。私を取り戻してくれる。
「僕の愛する人は、こんな感じの姿をしていたはずだ」
「うん……」
愛する人、だなんて言いかたがむず痒くってにやけてしまう。彼が定義してくれた姿はそれから揺らぐことがなくって、私は自分の足で草を踏みしめてその先へ向かうことができた。私たちの終わりは、きっとすぐそこに迫っている。