気がつくと手を引かれていた。エリーにではなく、最も仲の良い友人に。なんだか意識がはっきりしなくて、夢見心地で歩いていた私の手を、彼女――アリアはしっかりと握っていてくれた。街のきらめきの中をたゆたいながら、花も星屑もろくに見ないで、導かれるままに河へと向かっていた。のだと思う。
もう少しよ、と優しく教えてくれたり、いやに混んでるわね、と悪態をついたりしていたのは覚えている。並んだ列から一旦抜けたことも。促されるままそこらに腰を下ろして、アリアがぽつりぽつりとこぼす話を聞いていた。このときの内容はどうにも思い出せない。
何を話しているのかはわからなくても、聞き慣れた穏やかな声はそれだけで心地よくて、じんわりと体に染み渡る。ずっとこのままでいたいと思った。何も考えずに、どこか遠くまで流されていけたら、と。
でも私は、行き交う人々の中に、よく知った横顔を見つけてしまった。すらりと長い手足、まっすぐに切り揃えた髪、そしてけだるげでどこか色っぽい眼……よく知っている、あの人。
「エリーだ」
彼を見つけた瞬間、溶けかけていた魂が突然形を取り戻したのだと思う。霞がかっていた私の世界が急に鮮明になって、ピントが合った。その中心に彼を据えて。
「エリーがいる」
「え……あ、ちょ、待ってっ」
身体が勝手に駆け出していた。アリアが慌てて後を追ってきて、私の服の裾を掴む。振り返って初めて、彼女にしては珍しくすっぴんで髪も結わずにいることに気がついた。さっきからずっと隣にいたはずなのに、ようやく。
「エリー! 私、ここだよ!」
できる限りの大きな声で名前を呼んだ。ここで見失ったら、私たちは永遠に離れ離れだって、その時確かに思ったから。
私たちに気がついたエリーは、目を丸くして驚いていた。そして人混みを抜けて、まっすぐに私のもと駆け寄って、力強く私を抱きしめた。きつく、私を求めてくれた。
「もう会えないかと思った……!」
耳元で告げられる言葉は、私を捕らえる呪文のよう。彼の胸に飛び込めたことが嬉しくてたまらなくて、涙がほろほろとあふれ出た。彼もまた肩を奮わせていて、私たちは同じことを考えているんだなあって、嬉しさがこみあげる。
「お忙しいところ申し訳ないのだけれど、ちょっといいかしら?」
すっかり舞い上がってしまって、もう一人の存在を忘れていた。アリアごめん。ほんとごめん。でも全然怒ってなさそうだからいっか。同僚達の顔を交互に見ると、どちらかというとエリーのほうが浮かない顔をしていた。
「アリアもラビもここに来た、ということは」
「ロッシェが解放してくれたのよ。次のあなたが呼んでくれたおかげ」
「……そうか」
「この渋滞もきっとあれの影響ね。じきに落ち着くと思うわ」
少しだけ言葉を交わして、二人は納得したみたいで。何のことかよくわからなくって首を傾げていると、アリアが軽く私の肩を叩いた。
「そういう訳であとはお願いね。この子もあなたと一緒の方が良いでしょう」
あ、なんか今子供扱いされた。私の方がアリアよりちょこっと年上なのに。
などと呑気に思っていた私をよそに、エリーは神妙な面持ちで頷いてみせた。僕がなんとかしなきゃって思ったんだろうなあ。あの時の私は本当にぼんやりしていたから。
「私、先に行ってるから」
「もう? そんなに急がなくても」
「この街、本屋も図書館も無いみたいなのよ。ひとりで長居したって仕方ないわ」
アリアらしい理由だなあなんて思っていると、ぐいと顔を寄せられ、頬に軽い口づけを落とされた。優しく、涙を拭うように。こんなことは今までになかったものだから、驚いてしまって何かを言うこともできなかった。エリーには同じことはしなくて、代わりに手を合わせて、たん、と打ち鳴らしていた。
「それじゃあ、良い時間を!」
見慣れた小さな背中が雑踏に消えてゆく。彼女も港の行列に並んで、渡し船に乗って、河の向こうに行くのだろう。
アリアの姿が見えなくなってから、堪えきれなくなってまた泣いてしまった。エリーはそんな私の肩を抱いて、気持ちが落ち着くまでじっと待っていてくれた。どれくらいそうしていたのかはわからない。
しばらく経ってようやく会話ができるようになった私に、エリーは優しく微笑んでこう告げたのだった。
「一緒に街を見て回ろう。その時が来るまで目一杯、ラビの笑った顔が見たいんだ」