アカシア書房

おやすみ、スターダスト

#03 まちなか

 花と星屑の国。この地を端的に表した言葉の通り、街はどこもかしこも花と光る石で飾りつけられていた。煉瓦造りの街路をほの明るく照らす街灯も、様々な店の入口に掲げられた照明も、白く光る石のようなものを抱えている。星屑と呼ばれるそれらは柔らかな光を放ち続けて、時々明滅した。
 星屑がひときわ明るく輝くたびに、街中に溢れた花が活き活きと照らし出される。舗装されていないあらゆる土から、時には煉瓦の隙間を割って、無数のつるが伸びていた。握り拳ほどの大きさの葉と花が、建物の壁を覆い隠してしまっている。その力強さはとても美しくて、暴力的だ。
「こういうやつ、つるからも根っこ伸ばして木やら建物やらに絡むから、取るのが大変なんだよ」
 エリーは花の向こうにいつかの過去を見ていた。彼が私達の主から与えられていた役目は、様々な短期の仕事を請けてその体験記事を書くこと。こなしてきた仕事の中には、頑固なつたをひたすらむしり続けるようなものもあったはず。街の見どころを前にしながら、それもデート中にこんなことを口走ってしまうぐらいには、ろくでもない思い出があるに違いない。一瞬だけだけど、不毛な作業をしてきたときに見せる、死んだ魚みたいな目をしていた。
「……でも綺麗だよね。花」
「うん、エリーは草むしりを一旦頭から追い出そうね」
「はい」
「もうしなくていいんだしね」
 頭を撫でてあげると、彼は素直に頷いてくれた。背伸びしなくても手が届くって便利。もっと背の高い人は周りにたくさんいるけど、私はこれくらいがちょうどいいや。
 私たちは並んで街路を歩く。街はもっと混んでいるものと思っていたけれど、みんな船着き場のほうに向かってしまったのか、意外にも人通りが少ない。だから私たちは手を取り合って悠々と進むことができた。
 星屑と花が彩る街並みはどこまでも美しくて、少し歩いては足を止めての繰り返しになってしまった。花は建物に張りつくものの他にもいくつか種類があるようで、石畳に寄り添うように咲くもの、地面を覆いつくして絨毯のように咲くものなどを見ることができた。どれも白く、星屑灯の光がよく映える。夜の庭園をバケツですくって街じゅうにぶちまけたら、ちょうどこんな感じになるのかもしれない。
 私も各地を渡り歩いて様々な街を目にしてきたけれど、その中でも五本の指に入るぐらい、きれいだと思った。歩きながら夢を見ているみたい。もっとも、今私たちが揃ってここにいるということが、そもそも夢のようなことなんだけどね。隣に彼がいることが嬉しくって、それだけで顔が綻ぶ。いつもの手ごろな街で済ませるデートとは違うんだから、景色もエリーの様子もしっかり目に焼き付けておかなくちゃ。
 そう思って、ちらちらと彼の顔を見ていたら、ふと気が付いた。
「眼帯、取らないの?」
 彼がいつも着けている眼帯は、左目よりも『よく見える』ように作られている右目を隠すためのもの。魔力の流れだとか霊体だとか、視力だけでは捉えられないものを視る機能を持っているけれど、それを持たない人たちと同じ世界を見て記事が書けるようにって、普段はあえて遮断しているみたい。生真面目だなあといつも思う。
 私の問いに、彼は「んー」と低く唸って、眼帯を留める紐の結び目を指でいじくった。ほどきはしなかった。
「まだいいかな、やっぱり着けてないと落ち着かなくて。こいつが本体みたいなもんだし」
「本体の替え多すぎない?」
「全っ然、まだ半分も埋まってない」
 エリーの部屋の壁を思い出す。ずらりとつり下げられたコレクションは、部屋にあまり物を置かない彼が唯一意図して集めているもので、私があげたものもいくつか混ざっていたりする。そういえば今着けているのもそうだった。仕事のない日でもこうなのは、私が一因でもあるのかも。
「あと、『する』ときにラビが外してくれるのが嬉しくて」
「こら」
 反射的に肩を小突いてしまう。二人きりだとすぐこれなんだから、もう!
「でも、本体外しちゃってるんだとしたら、私がしてる相手は」
「眼帯の台座かな……」
「台座……」
 口に出してみるとちょっと怖い。私、眼帯をかけておくスタンドと寝てたの?
「と、夜のことは後々考えるとして」
「ここ常夜じゃなかっけ」
「そうだけど、夜っぽいことをしたくなったら夜ってことで。それまでにどこへ行こうか……たとえば」
 幾分か大きな通りが見えてきたところで、彼は足を止めた。あごに手を当てて考え込むところを見ると、どんな施設があるのか、ここからどう向かえばいいのか、思い出しているみたい。しばらくこの街に滞在したと言っていたから、大まかな地図が頭の中に入っているに違いない。エリーはうっかり屋なところがあるけれど、物覚えはいい。
「飯と、服と、ランタン」
「じゃあ服!」
「了解、もう少し歩くよ」
 即答した私の手を引いて、エリーは再び歩き出した。私も人並みの方向感覚は持ち合わせているけれど、彼はもっと優れている。頼もしいなあ。導き出した最短経路が運悪く工事で通行止め、なんて事態によく出くわすことだけが難点。
 自分の足元を見下ろす。こういうときに邪魔くさい胸の向こうに、動きやすさを重視した地味なスカートが見えた。これからデートなんだってわかっていれば、もっとかわいげのあるものを着てきたのに。
 でも来てしまったからにはここで後悔したって仕方がない。どこかで着替えていけるといいなあ、なんて思いながら、導かれるままに花と星屑の街を歩いていった。