アカシア書房

ファンタスティック・ワーキング

#07 頭を抱えた話

 こちらでお間違いないですかと尋ねると、目の前の中年男性は低い声で応えてくれた。
 客に見せた品は緑と青の縞模様が描かれた球体だ。人の頭ほどの大きさがある惑星模型で、平たい環が付属している。環は球体と触れていないのに不思議な力で固定されていて、本体だけを支えるように持っていても落ちてしまうことがない。店に置いてある惑星模型のシリーズでこれが最も高いのは、間違いなくこの仕掛けのせいだろう。
 会計が済んだ模型を緩衝材に包もうとすると、男はそれを手振りで制しながら、着けていきますと告げた。かしこまりました、と返して僕はレジ台の下から畳まれた箱を引っ張りだした。手早く箱を組み立て、四隅に紙を詰めて準備は完了。
「お召し物をお包みいたします」
 僕がそう告げると、客は自らの側頭部に両手を添えた。そして、
「ありがとう」
 と顔を綻ばせて、その暖かな微笑みを浮かべたまま、頭を取り外してしまった。
 首は顎のすぐ側から、断頭台で落とされたかのように真っ直ぐに分断されている。その断面は淡い光に覆われていて、血が流れることも彼が痛がることもない。僕は両手で彼の頭を受け取ると、シート状の緩衝材で幾重にも包み、用意しておいた箱にそっと仕舞いこんだ。そして代わりに値札を剥がした惑星模型を手渡した。
 彼はそれを迷わず自らの首に乗せる。模型は頭があった位置にしっかりと収まり、首を曲げても落ちてしまうことはなかった。模型に接着剤を付けているわけでもないのに。
 新たな頭は定位置を獲得した途端に柔らかく輝きだした。付属の環も星のゆるやかな明滅と連動して回る。
 僕は光量や回転速度を調節する方法がマニュアルに書かれていること、保証書を大切に保管しておいて欲しいと言うこと、及び不明な点があればいつでもサポートを行うことを伝えた。これらの説明に対し、彼は頭を付け替える前と全く変わらぬ声で相槌を打った。どこから声が出ているのかは未だに良くわからない。
 買い物を終えた彼は、自らの生首が入った袋を提げて上機嫌で店を出てゆく。狭い中で数人が品定めをしている店内、そして閉まったばかりの透明な扉の向こうに、頭の代わりに機械やオブジェを乗せた人々の姿が見えた。

 僕は様々な世界を渡り歩き、各地で短期の仕事を請けては、その体験を記事として書き起こす記者である。その中で衣服やアクセサリを売る仕事は色々と体験してきたが、付替え用の頭を売るのは初めての事だ。
 この街の住人たちは、外套でも選んでいるかのような気軽さで替えの頭を買い、服装やその日の気分及び行き先に合わせて取り替える。その際外科手術や何らかのまじないは必要としない。彼ら全員がそう言う特徴を持つ種族なのか、この街や国、もしくは世界そのものに仕掛けがあるのか。僕はこの時はまだ答えを知らなかった。
 街行く人々の中には、作りものではないように見える頭を付けた人も僅かにいるが、聞くところによるとそれらも人為的に複製された頭らしい。先ほど箱に詰めた客の頭もそうに違いない。生身の頭を乗せたまま歩くのは防犯上よろしくないそうだが、盗難に遭ったりでもするのだろうか。他人の頭の複製を着けるのは違法です、と警告するポスターは店内に張ってあったのだが。
 僕が勤めた店ではそういったオーダーメイドの品は扱わず、既成品のみを販売していた。質も価格も幅広く、安いもので僕の日給の半分ほど、高いものではその数十倍もの値が付いている。デザインもただの箱や球体のようなシンプルなものから、本物そっくりの質感を持った大きな果物の模型、パズルとしても使えるらしい幾何学的なフォルムのものなど様々。中には前面が大きな時計になっていたり、ラジオ放送を受信して聴いたり流したりすることができる機能がついたものまである。
 作り物の頭を着けていない僕は、客からも他の店員からも時代遅れのくそ真面目な人材に見えるようで、菓子の模型を頭に乗せた女学生に笑われたり、腰の曲がり方と不釣り合いに若々しい顔をした老人に「今どき珍しい奥ゆかしさを持った若者」と褒められるなどした。
 顔から情報を得ることができない以上、僕は客の年齢を服装や声で判別するしかないのだが、彼らは見えるもの以外の何かから歳や性別を感じ取っている。僕だけが不便な思いをしていたのがどうにも恨めしかった。

 しかし勤め始めてから三日目の夜、僕は不意に彼らの仲間入りをすることとなる。
 安宿へ帰るべく夜道を歩いていた最中、物陰に潜んでいたと思しき数人の男たちによって、僕は口を塞がれ路地へと引きずり込まれてしまった。その手際はとても鮮やかだ。抵抗を試みる前に首に何かが押し当てられ、痛みとも痺れとも付かない感覚が走ったのを最後に、視覚・聴覚・嗅覚の全てを遮断されてしまったのだ。拘束はすぐに解かれ、無力になった僕を置いて悪漢たちはどこかに行ってしまったようだった。足音も聞こえないのだから詳しい状況はわからない。
 頭を奪われた、と言うことに気づいたのは少し経ってからのこと。通りすがりの人が代わりの頭を乗せてくれてからも、生きたまま頭だけを持ち去られたと言う状況が飲み込めず、暫くぼうっとしてしまっていた。脳を奪われたはずなのに体は動くし心もここにある。不思議な感覚だった。

 勧められるままに盗難届を出し、雇い主である婦人にも事情を説明すると、
「どうして生の頭なんて着けてたの! 頭庫に預けていないの!?」
 と非常に驚かれた。対応してくれた警官とほぼ同じ反応だ。後ほど知ったことだが、この国の住人は皆まだ子どものうちに、生まれ持った頭を専門の施設に預けてしまうらしい。
 僕がこの世界の住人ではないことを隠しながら曖昧な返答を続けていると、彼女は対話を通じて「親の愛情を受けずに育った若者」と言う人物像を描いてしまったようで、無理に話さなくていいのよ、困ったことがあったら私に言ってね、と涙ぐみながら替えの頭を一つ与えてくれた。
 好きなものを選んで良いと言われたが、高額なものを頼むのはやはり気が引ける。僕は手頃な価格のものが並んだ棚から、大きな目覚まし時計の形をしたものを選び、警察から貸与されていたただのボールのような頭と取り替えた。

 そうして僕も店の客たちの仲間入りをしてしまったわけだが、実際に頭を替えてみると、今まで疑問に思っていたことが一気に氷解する。
 まずは感覚。どこに目が付いているのかは分からないが、視界は常に明瞭で、生身の時のように眼球が疲れを訴えることもない。聴覚も嗅覚も何故か働く。
 食事は口があるべき位置に食べ物を押し当てることで行った。パンや肉がすうっと入り込むと、噛むことはできないが確かに味を感じる。スープを掬った匙を沈めると、空になった匙だけを押し戻してくれるのには恐れいった。
 更にこの所ずっと感じていた、客や他の従業員の表情が読めないと言う問題も解決した。目覚まし時計頭を通して他人を見ると、生身であれば浮かべていたであろう表情を感じ取ることができるのだ。視覚情報になるわけではないので説明は難しいのだが、とにかく直感で読み取ることができる。人の見分けもつく。暇つぶしに店をうろついているだけの客と、どの頭にしようか本気で悩んでいる客の区別も付けやすくなった。
 その結果仕事の能率も上がり、店長にも益々気に入られた。

 数日後、休みを挟んで二日ぶりに出勤した僕のもとに、頭強盗の犯人が捕まったと言う連絡が届いた。更にその数日後である、今の仕事の最終日には、盗難品を返還する旨の連絡も。
 店長に促され、早めに職場を抜けて警察署に向かう。そこでは警官であることを示す、多機能な白い円柱の頭をした男性が応対してくれた。本来なら盗難品の返還には時間がかかるが、それが生身の頭であった場合はまた別……と説明をしながら彼が持ってきてくれた箱には、目を閉じた僕の頭が収められていた。死んだように動かないが顔色は良い。
 箱を持って帰る道のりはとても気持ちが良いものだった。目覚まし時計頭は朝起きる時に便利だが、やはりいつも乗せている頭があったほうが良い。
 僕は宿に戻って荷物を回収すると、目覚まし時計頭を首に乗せたまま、この世界を訪れる際に使った秘密の道へとやってきた。元々の頭に戻すのは目的地に着いてから。途中でまた強盗に遭っては適わない。
 作り物の頭を外し、手探りで掴んだ本来の頭を乗せると、確かな重みと安心感が肩に伝わった。眼球が思うままにぐりぐりと動く感覚が懐かしい。
 あとは一度自社に戻り、今回の仕事の顛末を報告書に纏める仕事をしよう。そう決めて、僕は高架の陰に残っていた空間の歪みを押し広げて飛び込んだ。

 降り立ったのは、異なる世界に存在する自社の入り口。だったと思う。
 失念していたのだ。頭が取れても大丈夫なのは、あの街にいる間だけだと言うことを。
 僕の頭が一度奪われてからまた取り付けたものだと言うことを。
 舗装された地面を踏んだと同時に、視界がぐるりと回って、側頭部を何かに強打した。
 身体のどこで感じているのかすらわからない痛みが脳を灼く。
 最後に視界に入ったのは、地面に転がった目覚まし時計と血溜まり、そして倒れ伏した僕の身体だった。

(職歴三九九・頭屋)