工場勤務と一口に言ってもその内容は多岐に渡り、私も実際に多種多様な工場内における様々な業務を経験してきた。……とは言えど、短期労働者に割り振られる仕事はほとんどが単調な作業に尽きるのだが。
今回もその例に漏れず、私は僅かな休憩を除いた始業から終業までの時間を、手を使った作業の繰り返しに費やした。
作業の内容自体は実に単純なものだ。流れてくる商品を次々と包んでゆく、と言うありふれたもの。この手の経験は足りていたし飽き飽きしてもいたため、声をかけてくれた者には申し訳ないが断ってしまおうと思っていた。そう、工場での単純作業だと言われた時点で話を打ち切っておけば良かったのだ。
彼の話を形だけでもと詳しく聞いてしまったばかりに、私はこうやって仕事を請けることになってしまった。実のところ私にはとある事情があり、未経験の職を紹介された場合、その誘いを断ることができないのである。判断基準は私が『今までに携わったことが無い』と判断したら、と言う酷くアバウトなもの。今回の仕事は今までに経験した食品製造、機械部品製造、玩具製造などを始めとした十数種の作業と異なっている……と、私自身が自然と思ってしまったのである。
私が携わった商品は『食品建材』と呼ばれるものの一種であると聞かされた。
食品と言うからには日々を生きる糧として消費するものであり、建材と言うからには何かしらの施設を建設する際に組み込むものなのだろう。しかし頭でどう整理をつけようとしてもその二点は矛盾する。辛うじて『非常時に食べて飢えを凌ぐことができる建材』なのかもしれないと予想することはできたが、それも作業に入ってすぐに打ち砕かれることとなった。
子供の頭ほどの大きさをした四角い何かがベルトコンベアに乗って次々と流れてくる。私に与えられた仕事は、その物体を緩衝材でくるみ、金属製の箱に押し込めることである。綿を平たく成形したようなもので手早くくるむため、箱に詰める際には少なからず隙間ができてしまう。しかし次の行程で緩いゲル状の何かが注入されて箱が満たされるので、大きな隙間ができない程度に緩衝材を詰めることができれば問題ないらしい。
立方体のサイズは一つ一つばらつきがある。仕上がりがほぼ同じ大きさになるよう、ロールされている状態の緩衝材を長さを考慮しながら引き出して使わなければならない。話を聞いたときは難しそうだと思ったが、作業台に商品のサイズを測る目盛りと対応する緩衝材の使用量が書かれているためにすぐ慣れることができた。
ここまでの説明だけではごくごくありふれた流れ作業に聞こえると思う。しかし私がこの仕事を行う上でどうしても胸につかえることがあった。
私が包んでいる商品がいったい何なのかが全くわからないのだ。
もちろん業務の説明の際に「これは×××です」と説明を受けてはいたのだが、告げられた名称は私が今までに訪れたどこの世界でも触れたことのない概念を表しているようで、いったい何を指しているのかを全く理解することができなかった。私に搭載された自動翻訳機能の大きな欠陥だ。
この辺りの住人は皆知っていて当然のものであるようだったため、私は意味を訊いても良いものかと戸惑ってしまい、結局タイミングを逃したまま作業に入ることになってしまった。
その物体は黒に近い焦げ茶色をしているが、表面の色は均一なものではなく、下水に淀んだヘドロのような暗く濁った色が所々混ざり込んでいる。
握った感触は固く、滑らかな手触りでしっとりと温かい。大きさの割に重量はかなりのもので、ベルトコンベアと隣接した作業台に運ぶ際には、持ち上げるのではなく転がして移動するよう指導を受けた。包む作業も緩衝材の上で倒して転がしながら行い、箱詰めする時のみ両手で持ち上げる。続けていれば腕の筋力が鍛えられそうだ。
そのためはじめは金属の塊なのだろうと思っていた。が、半日ほどですぐ異変に気が付く。手を触れた時、僅かに震えるものが混ざっているのだ。
時に私の指先に反応するように、時に包まれるのを拒むように、注意していなければわからない程度に小さく震える。揺れる、と言った方が正しいかも知れない。そのことを意識しながら見つめてみると、理由はわからないが背筋に寒気が走った。
不気味に思い、休憩時間になってから同じ作業をしている男に尋ねてみたが、活きの良いやつがたまにいるんだよと言われただけに終わってしまった。どうやらこれは僅かに動いたとしても何らおかしくない物体であるらしい。
その後も作業を行いながらこの立方体が何なのかについて考えを巡らせたが、その日は推測すらできないうちに作業が終わってしまった。
この工場の従業員は休憩時間に食事をとる者が少ない。昼休みでさえ談笑や読書などの各々の趣味、もしくは休憩室の机に突っ伏しての睡眠に費やしているものが多く、テーブルに包みを広げている者も菓子をつまむ程度の簡単なものに終わっていた。
理由は簡単で、この街の住人は経口での食事を必要としていないのである。祖先の名残かかその他の都合か、娯楽としての食事を楽しむことができるようだが、それだけである。栄養として身体に取り入れられないのかもしれない。出社前に立ち寄った店でも腹に溜まりそうな食料品は少なく、私は仕方なく消去法で選んだ焼き菓子を昼食としたが、どれもが大口でかじり付けないほどに甘く、間違っても健康に良さそうであるとは言えない味だった。
彼らが何を糧として生きているのか、と言うことまでは私は与り知らなかった。そもそもこの世界についての予備知識は、ここに数日間滞在したことがある同僚から聞きかじった程度である。
問題は彼らが食事を取らないとなると、誰が『食品建材』を食べるのだろうかと言うことだ。家畜だろうか。それとも彼らとは違う、食事によって生きる活力を得る人種が存在しているのだろうか。
しかしどちらにせよ金属の箱に封じられてしまっていてはさぞ食べ辛いことだろう。宿にまで持ち込んでしまった疑問は、結局氷解しないままふてぶてしく居座り続けた。
結局この疑問を解決してくれたのは、意外な所から一方的に与えられた情報によるものだった。
五日目の勤務を終え、短期労働者向けの狭い安宿に帰った私は、備え付けの映像再生設備のスイッチを入れた。白く平べったい筐体の側面に、発信基地からリアルタイムに送られてくる映像が映し出される。
チャンネルを変え、史上初となるらしい火蜥蜴の人工繁殖成功を祝うニュースを聞きながら、私は衣服を脱ぎ捨てて下着一枚で胡座をかき、夕食(帰り道で買った肉の串焼き。かなり辛く味付けられている)を齧り始めた。
見ておかなければならないのはこの次の番組だ。上司の話によると、以前工場に放送社からの取材の依頼があり、商品の製造過程を撮影されたそうだ。その内容が今日の番組で放映されるらしい。君も是非見てくれ、と上司に得意げに肩を叩かれてしまった。
工場の特集は番組のメインコンテンツであったらしくすぐに始まった。私たちの生活を陰で支えてくれる食品建材の工場に潜入、と言う出だしから始まり、記者が工場の人間に導かれて内部へと進んでゆく。
そして映像が材料を搬入する場面へと移り変わり――私は驚いて盛大に噎せてしまった。咀嚼していた肉片が気管に入り香辛料が激痛をもたらす。つらい。
材料、と呼ばれていたのは、搬入口に整列した人間たちだった。男女入り交じった集団であり、中年が多いように見える。揃ってみすぼらしい服を着て、工場の人間が命じるままにぞろぞろと移動を開始する。全員が意志の光を失った虚ろな目をしていた。
表示されたテロップによると、一日に三百個ほどの『材料』を仕入れるらしい。また、それらは扱いやすいよう催眠状態にされている、との説明も入った。コメンテーターの会話が所々に入るが哀れみの言葉は無い。私にはわからないが、材料として扱われる者とこの辺りの住人の間には、私の目には見えない確かな違いがあるようだ。
場面が切り替わる。工場内部で彼らは衣服を脱ぎ(とは言っても局部が見えないカメラアングルで映されていたのだが)、シャワーが設置された通路を通って自ら汚れを洗い流されていった。
黙って都合の良いようにされている姿は、野菜か何かを洗浄する光景に近いように思える。自らの意志を持っていない状態である以上は植物と相違無いのかもしれない。これからどんな加工を施されるのかを聞くのが恐ろしくて仕方なかったが、だからと言って視聴をやめてしまうことはできなかった。どう怖がったところで彼らの命が消費されあの四角い物体になることは変えられないのだ。
また映像が切り替わる。記者が『工場の秘密』と謳いながら興奮気味に紹介したものは、人が一人入れそうな程度の大きさのある灰色の箱だった。
材質は全く聞き覚えのないこの世界固有の物質。昔は加工が難しかったそれを板状にし、ある特性を持たせながら箱として組み立てたものらしい。『材料』たちはアナウンスの音声に命じられるがまま、自分のために用意された箱に膝を抱える体勢で収まってゆく。そしてすぐに蓋をされ、蓋が外れないことを確かめられたのちに、運搬機械に乗せられて別の場所へと運び込まれていった。
次に映し出されたのは、先ほど映ったものとは比べものにならないぐらい小さな箱だった。ちょうど私が扱っている品より一回り大きいぐらいの、漆黒の箱。
工場の従業員が大掛かりな装置で箱を切り開くと、中から見覚えのある立方体が現れた。記者が通りの良い喋りで解説を行い始めた。
――そう、水分を抜きながら二十五日間圧縮し続けることによって、食用ヒトはこんなにコンパクトになってしまうんです! ちっちゃいですねー! 箱の中で薬品の浸透と圧縮を行われている間はストレスを感じないようになっていますが、こうやって箱から出した瞬間から途切れることなく絶望を作り始めます。これは平均二百年ほど続き、私たちを長く飢えから遠ざけてくれるんですよ! 風味はですね、うーん……爽やか! できたてを吸える従業員さんたちがうらやましいですね。そして×××はこの後補強を行い――
私は食べかけの串焼きを静かに紙袋の上に置いた。
食欲はしばらく戻ってきてくれなかった。
その後、私は契約の通り残りの五日間の業務に従事したが、思うように手が動いてくれず苦戦を強いられた。
私が次々と梱包している『なれの果て』は、補強を行われた後に世界中へと出荷され、壁に埋め込まれて心が死ぬまでこの仕打ちを嘆き続けるのだ。
目も耳も口も手足もない身体で生かされ続け、何にも触れられない精神だけが取り残される。いつ終わるともわからない時間を、ずっと。
肉を得るために獣を屠るように、せめてひと思いに息の根を止めてやれたなら……そんな同情ばかりがよぎるが、結局私が彼らにしてやれることは何一つとして無かった。
今でもあの世界での出来事は忘れることができず、私は時々悪夢の中で彼らになる。
縮んでゆく箱の中で、少しずつ、少しずつ、四角くなって――
(職歴二五六・食品建材製造業)