業務に関するレポートと言うより単なる私の苦労話に近くなってしまっているのには目を瞑ってほしい。
その社会は惰性で動いていた。
政治が腐敗しているとか、人々が生きる気力を持っていないだとか、そういうものではなく……本当に惰性としか言いようが無いのだ。姿形だけは新しい時代を迎えながら、行っていることは古い時代からの繰り返し。かつての習慣に揃ってしがみ付き続けている。
私が訪れた街は、私のように腕があり脚があり二本足で歩行する生物が暮らすために作られているようだったにも関わらず、全く姿の異なる者たちがそれを強引に利用しているちぐはぐな場所だった。
アスファルトで舗装された道を歩むのは、人間と変わらない大きさの、眼が痛くなりそうなほど鮮やかな色をした軟体動物に似た何か。私が知っている生物で例えるなら、ウミウシとイソギンチャクとナメクジを掛け合わせたような感じであり、無数の触覚を揺らしながら脚のない身体を引きずり動いていた。彼らの体臭なのか、街はどこも草を磨り潰して出た汁のような臭いで満たされている。皆一様に体表を粘液で覆い、ぬめった這いずり跡を残しながら、異なる姿をした私を気にする素振りもなくゆったりとどこかへ向かっていた。
正直なところ全てを見なかったことにして次の世界に移ってしまいたかったが、どんな場所であれ職を探さず素通りするわけにはいかない。私はあまり気が乗らないながらも働き口はないかと彼らに訊ねることにした。
その結果、街に滞在していた数日の間で合計六つもの仕事を請け負う事になってしまった。
彼らは私の周りに人だかりならぬ軟体だかりを作り、粘ついた不明瞭な発音で次々に仕事を要求してきた。店番などの既に経験のあるものは全て断ったが、中には本来なら流れの者に任せられないような仕事が紛れ込んでいたため、経験の無いそれらを順にこなしてゆく事となった。普段はある特殊な手段を用いて何とか仕事を得ているのだが、今回は余所者に対する警戒心が皆無であったためにその必要すらなかった。
まず促されるがままに近くの学校に赴き、着の身着のままで教鞭を執る事となった。粘液でぬめる校内を歩み案内されたのは、乱雑に置かれた机と椅子の間に生徒達が無理やり挟まっている教室。何の教科を担当したら良いのか、教科書は何を使えば良いのか、そもそもどれだけの間授業を行えば良いのか。何一つわからないままに放り込まれてしまったが、その心配事は全て些細な事として片付いてしまった。
そもそも生徒があまり話を聞いておらず、私には聞き取れない言葉でぎぃぎぃと喚いている。中には頭らしき部分をこちらに向けて私の動きを観察している者もいるが、どんな話をしてもありがたそうに頷くだけに終わり、授業が行われると言う形さえ保っていればその内容はどうでも良いようだった。
その他の授業に集中していない生徒は自由奔放を通り越して混沌と化しており、割れたガラス窓を食んでいたり、天井を這い回ったりしていた。酷い時には授業中に交尾に及んだり幼体を産み落としたりしている者さえおり、既に不順異性交遊どころの話ではない。先住人の生活を模倣してはいるものの、彼ら自身の本能には逆らえない様子であった。
結局私は煮物の作り方を教えたところで見切りをつけ、他の教員らしき者から報酬(粘液まみれの脈動する肉塊のようなもの)を受け取り次の職場に向かった。
その後は時々休息を挟みながら警官、僧侶、企業の重役、アイドルなどの仕事をこなしたが、業務内容はどれも代わり映えのないものだった。
必要とされている場所に向かい、着替えすらしないままその職らしい動きをして、周囲の住人に飽きられたあたりで終わる。普段は与えられた仕事は真摯に取り組むよう心がけているが、ここではそもそも何を求められているのかがはっきりしないため混乱したままになってしまっていた。
そもそも何故そんな重要なポストが空いているのだろうと言う疑問は、最後に務める事になった国会議員の仕事の最中に解決できた。豪奢な作りの建物で会議とは名ばかりの集まりを行っている最中、隣り合って机にへばりついていた議員二人が突然身を絡めあい、そのまま互いの身体に触覚を埋めこんで融合してしまったのだ。
おそらく私が埋めてきた役職はこうやって空いたものなのだろう。日々の生活の中で何気なく殖えたり減ったりしていては確かに辻褄も合わなくなる。今はまだ彼らがこの街を埋め尽くす以前の生活を真似できているようだが、破綻する日はそう遠くないように思えた。
しかし国会議員としての仕事を追えたあたりで自らの体調の変化に気がついた。どうにも熱があるらしく、身体がだるく視界が霞んでいる。怠けているようで意外と消耗していたのかもしれないと思い、他の世界に移る前に少し休息を取ろうと人気の無い場所で横になった。だが眼を閉じて身体を休めていても気だるさは増すばかり。これはまずい、とぼんやりとした頭で判断し、私は仲間に救援を求めることにした。記者の回収を担当する係も暇ではないのですぐに来てくれるとは限らないが、これで死体のまま放置されることは避けることができる。
救難信号を出して少し安心してしまったのか、私はその直後急に空腹を感じだした。ここに来てから食欲が湧かず、倒れないように保存食をいくつか胃に押し込むだけの食生活を送っていた反動かもしれない。
何か食べるものは無いかと思い辺りを見回すと、少し先の壁からに美味しそうな多肉植物らしきものが生えている。脚が上手く動いてくれないので這ってその場所まで移動した。引っ掴んで舐めると瑞々しい芳醇な風味が口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに靴が足の皮ごと脱げ、どろどろとした青紫色の新しい足が生えてしまったがまあいいやとその時は思った。とにかくとても気分が良かったのだ。
しばらくそれを舐め回していると、いつの間にか私の舌が自分でよく見えるぐらいに長くなっていることに気づいた。唇の色もおかしい、青く変色している。しかしなぜ私は自分で自分の唇が見えたのだろう? まあそんな事よりまずは飯だ、と思い脈打つ塊の汁を啜っていると、いつの間にか私の目の前に同僚が立っていた。そして今までに見たことの無いような青い顔をして、手にしていた拳銃を私に向けたのだ。
銃弾は私の胸を正確に射抜き傷口から血が溢れた。血はなぜか濃い緑色をしていた。彼は間髪いれずに私を蹴り倒し、眼帯の下に指を差し込んで右目を抉り出してしまう。それは旅の記録が詰まった大切なものだ。彼は眼球型記録装置をポケットにしまいこみ更なる銃撃を行う。頭蓋が抉られ、触覚が千切れ飛び、他にも何だか良くわからないものが色々私の頭から飛び出して、意識が完全に絶えた。相当痛かったはずなのだが、一瞬の出来事だったためか、それとも頭までおかしくなっていたせいか、その辺りについてはあまり覚えていない。
私のその後については心配はいらない。しっかりと作り直され、現に机に向かいこの文章を書いている。あんな恐ろしいものを見せやがって、と私を一度殺した同僚に理不尽に叱られてはいるのだが。
だが彼には感謝をしなければならない。仕事は豊富でもあの世界の住人になるのは遠慮願いたいと切に思うゆえに。私はもっと職の多様性のある世界を生きていたいのだ。
(職歴一六〇・名目だけの仕事たち)