アカシア書房

アカシアファミリアス

#12 アカシア歴3年2月20日の記憶

アカシア歴3年2月20日の記憶
 初めてその本を手にしたとき、目の奥がじんと熱くなったのを覚えている。『異世界ふしぎ紀行シリーズ 果てしなき食の探求Ⅰ』という、続刊を見据えたタイトルがつけられたもの。丈夫な紙で包まれた表紙をめくり、手早く流し読みをして、すぐに閉じた。当時の俺は妙に涙もろかったから、同僚の働きがはじめて形になったことの感慨深さに呑まれてしまいそうだった。その原稿を書いた当人が隣で無邪気に喜んでいる中、俺が先に泣きべそをかくのは格好悪すぎる。
 これ本当に売れるかなあとか、うちのボスならどうにかできるんじゃないかしらとか、本が詰まった箱を囲んでわいわいと盛り上がっていたような記憶がある。はじめは数人で取り囲める程度の量しか本を刷らなかったし、人員だって今の三分の一もいなかった。何もかもが小さくて、手探りだった。
 搬入先ごとに分けてフィルムがけされた本は、俺が様々な世界に直接出向き、書店や個人の客のもとへ届けて回った。できたばかりの出版社の本が、それも自動翻訳の術をかけているために決して安くはない本がこんなに売れたのは、ひとえに創立者の名が知られていたからだ。中には明らかに翻訳の術の研究目的であろう注文もあって、もっと中身を求めてほしいと密かに憤ったこともあった。売れるんならなんだっていいじゃん、と書いた当人が言っていたのでなるべく気にしないことにしたが。
 当時は人手が少なかったので、俺も各地を回って営業じみたことをやった。取次業者の販路以外も開拓をしたいという無茶を聞いて。
 正直なところ俺には向いていなかったと思う。営業担当の奴を作るか、というボスのつぶやきはその後実行に移され、口が上手いほうではない俺としてはかなり気が楽になった。
 話は戻るが、とにかくその最初の一冊は今でも自社に保管されていて、構成員なら誰でも手に取ることができるようになっている。初心に立ち返りたいと思ったとき、そいつを手に取って開いてみることにしていた。
 最新刊に比べると粗削りな内容に目を通し、本を書いた奴と、それを支えた当時の俺を想う。若々しく、エネルギッシュで、とにかく愚かだったあの頃。思い出さなければ良かったことまで芋づる式に思い出して、すぐ本を閉じ持ち場へ戻った。