風は石造りの床をくすぐりながらどこまでも自由に暗闇を踊った。踊るに足る広さがあった。たった一つのちっぽけな灯りのもとでは天井も壁も見えない。
灯りとは宙に浮かんだ炎のこと。支えも薪も無い中ひとりでに燃え二つの影を作る。
一つは人影。その主は黴と埃が臭い立つ床に立膝をつき、一冊の本を掲げるように差し出していた。
黒い服に身を包んだ若い細身の男だった。顎の下でまっすぐに切り揃えられた髪が、服装と相まって几帳面さを演出し、そこに右目を隠す眼帯が物々しさを添えている。顔立ちは中性的でどこか作り物めいて整っていた。
手にしている本は薄いが丁寧に装丁されたハードカバーのもの。捧げる先には誰もいない。が、奇妙な物体が禍々しく鎮座していた。
漆黒の棺だった。少し離れて跪いている男が二人は入りそうな大きなもので、蓋を覆い尽くすほどの鎖で床に縫い止められている。鎖と棺、そのどちらもがぼんやりと赤い光を纏っており、近づいてはならないと思わせる威圧感を放っていた。事実、この戒めは触れれば手が消し飛ぶ危険なものだ。
「お気に召して頂ければ良いのですが」
男が若干の緊張を滲ませた面持ちで本をより高く掲げると、それは男の手をひとりでに離れ、ふわりと浮かび上がった。
目に見えぬ力によって、ぱらり、ぱらり、とページが捲られてゆく――