食堂のテーブルに並んだごちそうは、普段とは異なりほとんどがよそで買い付けたものだった。揚げた肉も魚の煮つけも、やや冷めてはいるが味は悪くない。皆の食事中にいつも忙しそうに追加の飯を作っているペコも、今日は席について黙々と焼き麺を啜っていた。使い捨ての大皿に盛られた麺があと僅かになっていたので、残りを全て確保し一気にかき込む。その最中に何か言いたそうなニールと目が合ったが、口に入れてしまったからもう遅いぞ。
料理の他にテーブルに並ぶのは、取り皿とグラスとジュースのボトル、そして酒瓶。大晦日にはこうやって皆で集まって晩餐会を開くのが恒例となっていた。この社屋が建つ常闇の地には四季も陽の出入りもないため、こうやってイベントを行うことでどうにか年の移り変わりを確認している。
いつもは様々な世界へ散っていることの多い外回り担当の奴らも、この日は必ず全員が本社に集まるきまりとなっていた。皆めいめい好きな料理を口に運び、ジュースか酒を呷って、いつもより浮かれた様子で雑談に興じている。各テーブルからその断片を聞き取ると、楽しいかどうかはとにかく盛り上がっている様子が伝わってきた。想像を絶する性嗜好持ちと出会った話 、とある禁呪についての話、 部屋で発酵食品の缶を爆発させてしまった話……外に出ている奴らは特に話題に事欠かない。が、
「ねーねーどこまで進んだの? チューした? ヤッた?」
「というかどんな感じの子なんだろう、まずその辺から知りたいんだけど」
「いや馴れ初めからだろ! 旅先でちょいっとつまんだとかっすかもしかして」
このテーブルはなぜか俺のプライベート探りで盛り上がってしまっている。リコもゾルもディーも、他にもっと面白い話題があると思うのになんで俺の話なんか聞きたがるんだ。
エリーが俺の目の前に料理の盛り合わせを置いていくがそうじゃない! 困っているのはそこじゃあないんだ! あとベルはこっち見んな銀紙でも食ってろ!
「まあその辺は後ほど……」
「後ほどじゃなくて今聞きたい!」
「そうだ!」
「そうだそうだー!」
酒の勢いもあって妙に盛り上がってしまった奴らから逃げるべく、皿とグラスを持って一番静かなテーブルに移動するが、そいつらも同じように俺の後をついてくる。観賞魚の糞かお前らは。
突然人口密度が増してしまったことに驚いているクーに詫びつつ、どうにか話を逸らせないものかと思いを巡らせる……うちに、唐突に周囲のざわつきが収まりだした。振り向いてすぐ目についたのは長い宵闇色の髪。その顔は俺のよく知った奴に似ている。
皆も俺も口の中の料理や次の言葉を呑み込み、食堂の入口に立つ男を見据えた。先ほどまで酒を呷りながら浮かれていた奴らも、一瞬で酔いが消し飛んでしまったかのような振る舞いを見せる。
「皆の者、ご苦労だった」
やや低いその声を聞くだけで、自然と背筋が伸びる。いつもどこか不機嫌そうな眼から視線を逸らせない。
ボス、マスター、室長、編集長、親分、親方、ご主人様……様々な呼ばれ方をしている我らがアカシア書房の主・ミプルは、自らの世話係からグラスを受け取って酒を飲み干すと、毎年恒例の簡潔すぎる挨拶を始めた。
「今日は互いを労い、日々の苦労を忘れるといい」
その苦労の出所はお前だ、などと口にするものはいない。彼のために働くことを否定することは、自らの存在を否定するのと同義だ。この組織は出生地であり勤務地であり帰る場所。俺たちの全ては書房と、そしてその主と繋がっている。ここと切り離されることを想像するだけで背筋が冷え切るほどに。
「来年もまたよろしく頼む。それでは、これからの繁栄を願って」
右手を胸に当て、目を閉じる。視界は闇に閉ざされるが、他の者も同じことをしているだろうということはわかる。作られてすぐに教えられた、従者の誓いの仕草だった。
自ら作り出した二〇体の従僕を従え、己が道楽のためにこき使う規格外の魔術士。
俺たちは、そんな上司のもとで日々働き続けていてる。