絶命のユーフォリア

短編

#-- レイズドスナック

「うわー! 懐かしいなあこーいうの!」
 シエロの弾んだ声が、テントの下でよく響く。
 大樹の根元に拠点を構えた闘人レイズドたちは、一日の活動を終えて思い思いに休息を取っていた。日はすでに暮れ、満天の星が彼らを見下ろしている。
 食事は終えたものの、まだ食べ足りないと訴える者もいる。燃費の悪さを補うために、男たちはしばしば夜食を用意していた。シエロが開けたスナック菓子もその一つだった。
 いつもと違ったのは、その袋の中に一枚のカードが入っていたことだ。モーリェは肩越しにそれを覗き込む。
「何これ、手配書?」
「ちがうちがう、おやつのオマケ。集めて楽しむやつだねえ」
 つやを出すコーティングが施されたカードには、逞しい男の写真が印刷されている。一部が膨らんだ棒を持ち、今まさにそれを振り下ろさんと構えている姿だった。
 それが何を意図するのか理解できず、少年は首をかしげる。
「おじさんを……集める……」
「おっさん以外もいるんじゃないかなあ、これスポーツ選手っぽいし」
 すぽーつ、とモーリェは繰り返したが、いまいちその意味を呑みこめていない顔をしている。
 その隣、まだ成長途中の肩に顎を乗せて、フォグが口を挟んだ。
「ルールに則ってやる、殺し合いのない戦いさ。大規模なものになると選手にたくさんファンがついたりするね、僕の故郷にも昔あったよこういうの」
 フォグは手渡されたカードをまじまじと見つめ、球技だろうねと付け足す。たぶんこの棒で球を打ちあうんだ、と説明をしてくれた。
 モーリェはおとなしく話を聞き、何度もうなずく。
「やってみたいな」
「ん、ラケット作る?」
「カード集め」
「そっちかあ」
 細かな文字による情報(未知の言語であるため読めないが)が書き込まれたカードは、少年の好奇心を存分にくすぐった。
 その様子を温かな眼差しで見守っていたフォグが、シエロに目くばせをする。
「まだある?」
「あと一袋だけだねえ、二つしか買えなかったんだよう」
 調達をした当人は品の不足を嘆く。しかしその直後、「あっ」と声をあげて手を叩き、言葉を続けた。
「いっそ作ろうか! 闘人レイズドスナック!」
 ややずれた解決策を提案した途端、のんびりと酒を飲んでいた残る三人が反応した。常に娯楽に飢えている彼らにとって、このムードメーカーが持ち込むふざけた提案は、しばしば良い遊びとなる。
 全員の注目を浴びながら、シエロはカードとスナックの袋を掲げてみせた。
「はーい一人一枚カード描いてー」

 月がさらに高く昇ったころ、折り畳み式テーブルの上に、六つの小袋が並べられた。
 シュテルンが急遽作った揚げ菓子を詰め、各々が描いたカードを添えたものだ。
「ってことで、モーくん開封どうぞー」
「わかった!」
 伏せられているカードをめくる。メモ用紙に絵を描いただけの貧相なものではあるが、生活に必要のないことを全員でしている状況は楽しく、胸が躍った。
「あ、ぼくの」
「これシエロか?」
 初めに姿を現したのは、自ら手掛けたシエロの似顔絵だった。お世辞にも上手いとは言えないが、眼鏡をかけているおかげで辛うじて判別できる。イゾラが真っ先に当ててくれたこともまた嬉しかった。
「次……フォグかなこれ、かわいい」
「あっはい正解! 私が描きましたー!」
「あとこれがイゾラさんだね、特徴掴めてる。こっちのジンさんもわかりやすい」
 開封の儀は絵の題材を当てるゲームとなった。それぞれの絵を描いたシュテルンとフォグが誇らしげな顔を見せる。
「で、残り……が、ええと……スライムと洗濯物干すやつ……」
「スライムじゃねーって人間だよ! お前だよほら三つ編みあんじゃん!」
「洗濯物干しって酷くない!? どう見てもシュテでしょこれ!」
「えっ俺さすがにここまでヤバい姿じゃない」
 一方は体のつくりから、また一方はセンスの欠如から、とうてい人型の生物には見えない何かが生み出されてしまっている。
 男たちはひとしきり笑ったのち、まだ温かい揚げ菓子を平らげて眠りについた。

 その夜、モーリェは夢を見た。故郷で闘人レイズドスナックが実際に発売されるものの、自身にはそれを得る権限がなく、ただ惨めな思いで膝を抱えるという夢を。
 半身を起こしてため息をつき辺りを見回すと、同じく起きてしまったらしいシュテルンと目が合った。
「どうした、怖い夢でも見たか?」
「うん……闘人レイズドスナック、買えなかった……」
「そうか……俺も夢に出たんだ、俺のカードだけ人気なくて捨てられまくるってやつが」
 俺のでよければカード分けてやりたいよ、と続けて、シュテルンは困ったように笑う。そして使っていた敷物をぽんぽんと叩いた。
 モーリェはその場所へ移動し、身を寄せて再び眠りについた。悪夢はそれっきり見なかった。