依頼作品

有料リクエスト

#-- 少年騎士と仲間たち

 初めて持った盾は思いのほか軽かった。頑丈で軽い素材からできているのかもしれないし、ジョブ補正とやらが効いているのかもしれない。
 四角く大きくいかついそれを左手に、すらりと身を輝かせる長剣を右手に構え、思い描いた「カッコいいポーズ」をとってみる。
「おわ……」
 思わず感嘆の声が洩れる。よく磨かれた刀身がきらめき、水面を湛えた片目を映し出す。
 金属鎧に身を包んだ、”騎士”モーリェ誕生の瞬間だった。

「へい皆! ヤバさがヤバいのみっけたよお!」
 シエロがその箱を抱えて駆け込んできたのは、夕食を終え各自思い思いにくつろいでいる最中のことだった。
 ある者は酒の缶を手にしたまま、ある者はパズル雑誌を閉じて、のそのそと集まり”ヤバいの”を凝視する。大きな紙製の箱には、剣や炎の玉で竜と戦う人間が描かれていた。
 新鮮な娯楽の気配を察知したフォグが、身を乗り出し上から横から箱を観察する。
「ボードゲーム? ちゃんとルール図説のやつ?」
「んっふふーそれはねー、まあとにかく開けてみてよ触ればわかる」
 死生匣テラヴァイスを介して購入できる物品の印字は、どれも買い付けた(”くすねた”かもしれない)先の言語で記されており、解読はほぼ不可能。そのため闘人たちは、アナログゲームの類を買い付ける際、ルールが図説されているものを狙うようにしていた。想像力でルールを補うにしても限度があるために。
 そら、とイゾラが爪の外側で箱を押しやる。興味に目を輝かせていたモーリェがそれを受け取り、頷いてから蓋を開けた。
 灯りのもとに晒されたのは、作り物の自然と建造物を抱えた箱庭だった。小さく厚い説明書、そして材質不明のつややかなメダルのみが同梱されている。盤の中央にはメダルを嵌め込めそうな窪みが存在していた。
「どうやって遊ぶものなんです?」
「わかんな……っあ!! 何これ!?」
 モーリェの肩が跳ねる。驚きのあまり、つまんだメダルを取り落としてしまった。
「頭の中に話しかけてくる、みたいな」
 目を丸くする少年の言葉を受け、他の闘人レイズドたちも遊戯盤を撫でメダルを手にした。ひとつひとつ異なる図柄が印刷されたそれを観察しているうちに、頭の中に誰かが語り掛けてくる。耳を介さないそのメッセージは、男とも女ともつかない、声ならざる声をもって説明を始めた。
 ――へようこそ。ゲームを開始するには駒をひとつ選び、盤の中央に嵌め込んでください。選んだ駒があなたの職業ジョブとなります。詳細は各コマに触れることで――
「ね、すごいでしょー。こいつをパチンってするとね、実際に冒険してるような幻が見えるらしいよお?」
 シエロはくいと眼鏡を上げ、得意げに微笑んでみせた。とびっきりの珍品を嗅ぎつけた自分を褒めるがいい、とでも言いたげに。
 どんな仕組みで動いているのかわからない、魔法や何らかの奇跡による業としか思えないもの――それも皆で遊べる娯楽品で当たりを引くのは珍しいことだった。盤上ではちょうど六つの窪みがプレイヤーを待っている。
「ほーん……ふーん……うん遊ぶ、やろう」
「ぼくも! えっと、これが魔法使いで、こっちが盗賊、こっちはキシ……キシって何だろう」
「言葉を介さずに情報だけを流し込んでいるみたいですね。頭の中で翻訳されている……死生匣の文字を読めるようにされた処置に近いのかな……あっモーくん騎士というのはですね」
「ちょっ待て押すな爪刺しちまう、駒けっこう滑って挟みづらあっクソッッ」
「これ、呪われたりしないよな……?」
 男たちは肩を寄せ合い、狭苦しく盤を覗く。各々選んだ駒を窪みに嵌めると、それらが一斉に光りだし――気が付くと、見知らぬ場所に立っていた。



 頭に響く声が言うには、ここは「はじまりの迷宮」という建造物らしい。石造りの広間スタートマスに集められた六人は、ひとしきり驚いたのちに、まず各々の装備を確認しはじめた。そこかしこに設置された篝火が、見慣れぬ姿となった男たちを照らし出している。
「えっと……騎士を選んでみたんだ。鎧が装備できるっていうから、かっこいいかなって思って」
「僕は盗賊。サポートなら任せて」
 モーリェが歩いてみせると、全身鎧ががちゃりと金属質の音を立てた。着られている、といった表現が相応しいその姿に、見守る者たちの表情も思わず緩んでしまう。
 その隣に佇むフォグは軽装で、様々な道具が差し込まれたツールベルトを備えている。ピッキングに使うらしい針金の束を指先で弄ぶ様子はずいぶんとさまになっていた。「この手のゲームは鍵開け要員が要るからね」と語る声は自信に満ち溢れており、元ゲーマーを自称する者の貫禄がある。
「で、俺は僧侶にしてみた。料理人とかがあればそっちにしたんだけどな」
「私は魔法使いですね、一度炎とか水とかぴゃーってしてみたかったんですよー」
 僧衣らしいゆったりとした服に身を包んだシュテルンと、フード付きのローブを纏ったジンリンが、デザインの違う杖をそれぞれ掲げてみせた。
 このゲームが想定している参加者は、翼の類を持たない二本腕・二本脚の者らしい。シュテルンの腕と翅、そしてジンリンの八本脚が、それぞれ上着とズボンを貫通している。しかし破れてはいない。手足が布をすり抜けて現れているさまは実に珍妙なものだった。
 しかし彼らの姿が霞むほどに、全員の目を引く姿の者がいた。
「僕は踊り子ー。……っていうかイゾラ、それ何? 何でバグってんの? 飴でも嵌めた?」
「んなワケねーだろ、格闘家選んだはずなんだが……拳サービスは無いのか」
 露出が多く色鮮やかな衣装を纏ったシエロの隣で、イゾラが己の両腕を揺らしながら苦い顔をしている。ふたつの刃であるはずのそこは、極彩色のノイズに包まれ視認できない状態となっていた。
 二振りの刃(だったもの)を観察する者たちの後ろで、フォグが「メニュー、ステータス表示、格闘家」と呟き、中に浮かぶ文字を表示させる。脳内に響くガイダンスに従い呼び出したそれは、両手の装備品を示す項目のみ表示が狂っていた。
 ぐちゃぐちゃに乱れた装備品名の隣に、攻撃力を示す数値が浮き出ている……が、桁がおかしい。フォグが手にしているナイフの百倍近い攻撃力を持っているのだと数値が示している。
「武器を装備できない職なのに、あらかじめ武器が装備されていてしかも外せないからバグっている……って感じかな。諦めてそのまま振り回すしかないんじゃない?」
「バグって何かトチ狂ってるっつーことだよな」
「そんな感じ」
「まあいい、とりあえず先進むか。折角だしとことん楽しまねえと」
 にっかりと笑い、ノイズまみれの腕で道の先を指す。各々の武器を手にした面々は、その先を見据えて目を輝かせた。
 幻覚にしてはあまりにリアルな、手触りや石のにおいまで感じられるダンジョン。しかし普段探索している廃墟の類とは違い、手入れが行き届いているらしい遺跡内には等間隔で照明が備え付けられている。与えられた装備も冒険心をくすぐるものであり、死生匣が課すものよりもずっと良心的な戦いに、一行の胸は躍るばかりだった。

 合言葉を唱えると手の中に魔法のサイコロが現れ、それを振って出た目に応じた距離を進み、何らかのイベントをこなす。全滅する前にこのフロアのボスを倒し、街で装備を整えてから次のフロアへ。それがこのゲームのプレイヤーに課せられたミッションだった。
「そっりゃああああああっ!!」
 盾を逆手に構え、その脇から力いっぱいの突きを繰り出す。荒削りの一撃ではあるが、切っ先は確かに歩く白骨の眼窩を捉え、その奥に宿った青い炎をかき消した。
 不思議な力で動いていた骨が、がらがらと音を立てて崩れ落ちる。その後ろに控えていたもう一体が剣を振り上げるが、ジンリンが巻き起こした風がその身体をさらう。
 ひゅぅ、と音を鳴らして、不可視の刃が骨にいくつもの傷をつけた。不死の魔物が怯えることはなかったが、風圧によって生み出された隙を狙ってイゾラが飛び出してゆく。助走をつけての飛び蹴りが腰骨を砕き、続けざまに頭蓋骨を蹴り飛ばした。
「一丁あがりッ」
「勝った!」
「順調ですねっ」
 顔を見合わせ、得意げに微笑む。この上ない臨場感を持ちながらも死の匂いに欠けるダンジョンは、娯楽として存分に闘人たちを楽しませていた。
 負傷した際に感じる痛みは、普段味わっているものより遥かに弱い。傷がぱっくりと開くことはなく、生命力が減少したという情報だけが思考に割り込んだ。
 ふぅ、と盾を置いたモーリェのもとに、後ろで控えていたシュテルンが駆け寄る。
「ちょっと殴られてたみたいだけど回復要るか?」
「大丈夫、まだ全然減ってない。踊りの効果もあったしすぐ片付いたから」
「踊り、なあ……」
 ちらりと背後を見やれば、薄布をなびかせて舞うシエロの姿がある。踊り子の初期習得スキルである『力の舞い』は確かに仲間たちへの加護をもたらした。が、
「その動きのクソさどうにかなんねーの?」
「いや踊ったら効果出るんだけどさあ、振り付けまで教えてはくれないんだよねえこれ!」
 センスが試されるねえ、とにやけながら踊るシエロの動きは珍妙で、神秘性は微塵も感じられない。
「もう戦闘終わったよ」
「あっこれはファンサービスだから」
「ふぁんさーびす……」
 眼鏡がきらめき、ブーイングが飛ぶ。モーリェは激しく腰を振るふざけた踊りを見つめ、夢に出そう、と小さく呟いた。

 はじまりの迷宮はその名が示す通り攻略しやすいものだった。
 道は入り組んでおらず、仕掛けられている罠を食らえども致命傷には至らない。そして元より戦闘に慣れた面々であるがゆえに、巣くう魔物を難なく狩ることができた。
 サイコロを振り進んだ先で出くわすものは四つ。襲い来る魔物、落とし穴などのトラップ、ヒントが記された石板、そして宝箱。
 丸みを帯びた蓋が特徴の、いかにも宝箱らしい宝箱を見つけるたび、一行は大いに盛り上がった。
「罠の類はないね、鍵だけかかってる。今開けるから……っと」
 フォグが箱の調査を行い、初期装備のロックピックで上手いこと開錠を行う。その横顔からは自信と好奇心が滲みだしている。
 その手の作業と最も縁遠いイゾラが、身を屈めて作業をまじまじと見つめていた。
「やっぱお前そういうの器用なの似合うよなあ、ここぞってとこで逃げ道作っといたり罠仕掛けといたり、そういうやつ」
「でしょ? もっと頼ってもいいんすよーボス様ー」
「っはは、じゃあそういう仕事ぶ……」
 朗らかな声が途切れる。突然勢いよく開いた宝箱から、異様に長い真っ黒な手がいくつも飛び出し、フォグの上半身を掴んで引きずり込んでしまったために。
「あ゛!?!?」
 大声をあげたイゾラの目の前で、箱の蓋から生えた牙が獲物に食らいつく。派手に血がしぶくことはなく、その代わりとでも言うかのように、宙に現れた棒ライフバーが赤く染まりながら縮まって消えた。一瞬の出来事だった。
 緊張感を損なう、と使用を封じていた右手の刃でミミックを薙ぐも時すでに遅い。

「っつーわけで、このゲームの中で死ぬとこうなるらしい」
「こうなるね」
 やっちゃった、と舌を出してみせるフォグの身体は透き通っていた。立体映像めいたその姿に触れることは叶わず、モーリェが伸ばした手は胸板をすり抜ける。幽霊、という言葉がしっくりと来る状態。蘇生されるまでの間はただ仲間の後を追うことしかできないらしい。
 ジンリンは顎に手を当て、今後の方針を思索していた。スタート地点の近くにあった「命の泉」まで戻るべきか、目前のボスを倒して「街へ帰る」機能を解放するべきか。後者を成し遂げることができれば、久々に闘人以外の者と交流できるかもしれない。
「ひとり欠けてしまいましたけど、いざとなればイゾラの「ちーと武器」? がありますし……強行突破、行きますか?」
「うん! 街、早く行ってみたい」
「俺も。パチモンでもいいからさ、人がたくさんいる街……見てみたいんだ」
 シュテルンが深く頷く。ゲームが作り出した紛い物とわかっていても期待せずにはいられない。むしろ紛い物だからこそ、拒絶されずに混ざることができるのではという期待があった。ゲームシステムは闘人たちを化物と罵らない。未だ見ぬ街へ帰還したいという気持ちが募ってゆく。
 そう和気藹々と盛り上がる者たちの傍で、シエロが屈みフォグの股間から顔を出した。
「わーいまちだあー、ちんこもまちいきたーい」
「だよね、さすが僕のちんこ気が合うね」
 彼の性器を自称して主人と会話をしている……が、ボス戦の打ち合わせで忙しい面々に受け流されてしまう。即席の主従はすぐに解散した。

 このダンジョンを突破するまでがチュートリアルであるらしく、待ち受けていたボスは苦戦するような相手ではなかった。ダンジョンを歩き回り、攻略のヒントをしっかりと得ていたゆえに。
 獣には炎を。絵で示されていたアドバイスを思い出し、ジンリンは習得したての術を唱える。モーリェの持つ剣に炎が宿った。
「ほらっ、回復だ!」
「ありがとう!」
 少年は声を張り上げる。シュテルンが杖を振り上げると同時に、若干重たくなっていた身体に力がみなぎり、動きやすさを取り戻した。視界の端にちらつく奇怪な踊りもまた力を与えてくれる。
 炎纏う剣を振り抜けば、狼に似た獣に炎が纏わりつき動きを鈍らせた。弱点の明示に親切心を感じる。死生匣とは随分な違いだ。
「でりゃああああああっ!!」
 雄たけびを上げて盾を振り上げる。獣はすでにイゾラの蹴りで弱っており、盾による一撃を避ける力はなかった。左手に確かな手応えを感じながら、利き手で剣をしかと握り、渾身の突きを繰り出す。それは毛皮を抉りぬき、狼は「ぎゃん」と呻いて動かなくなった。
 亡骸は血だまりを作らず、光の粒となって空気に溶けてゆく。その姿が完全に消え去ると共に、部屋の奥に存在していた扉から鈍い音がした。大きな錠前がひとりでに開き、床へと落ちたのだ。
「勝った……!」
「やりましたね! 騎士モーリェの凱旋、行っちゃいましょう!」
「いやぁ楽しみだねえ~! 街の人相手してくれるかなあ」
「ついに街っぽい街が見れるんだな……!」
「女の子……久々の三次元の女の子が……ついに……」
「ニンゲン オレ ニンゲン カジラナイ ナカヨクスル」
 勝利の余韻に浸るモーリェ。それを労うジンリンと、二人の背を押すシエロ。
 闘人以外による集落を見たことがないというシュテルンが目を輝かせ、下心を隠しきれていないフォグと共に駆けだしてゆく。尖った歯をぎらりと覗かせたイゾラが、渾身の自虐ギャグを抱えてその後を追った。
 ……が。
 ぷつん、と何かが千切れるような音がして、視界が闇に染まる。
 シュテルンが伸ばした二本の右手は扉を押せず、代わりに何か温かいものをぐいと押しのけた。
 数秒遅れて視界が元通りとなり、それがジンリンの顔面と胸だということがわかる。魔法使いのローブに身を包んだ姿ではない、ゆったりとしたワンピースを纏ういつも通りの姿の。現実に引き戻されたのだと、盤を囲む仲間たちを見て察した。
 頭の中にまた声が響く。『理力切れです』『理力をチャージしてください』『チャージされない場合はデータを保存してゲームを終了します』と。
 その理力とやらを供給する手段についての説明はない。このゲームが売買されている世界において、誰もが当たり前に行えることであるために。しかし闘人たちがそれを知る術はなかった。
「嘘っ!?」
「えっ、あ、いい所だったのに……」
「リリョクってやつ付いてねえのか!? 箱ん中は!?」
「差し込み口っぽいもの、ないですね……えー、ちょっと、ええーー」
「もしかしてこれ!?」
「それはただの緩衝材だよう」
 箱を漁り、読めない説明書をめくり、盤を持ち上げて裏側を覗き……血相を変えてコンティニューの方法を探す。
 しかし男たちの奮闘も虚しく、魔法のゲーム盤は『ゲームを終了します』と無慈悲に告げて完全に停止した。
 頭の中に響く声は、それっきり聞こえなくなった。



「リリョクあった?」
「全ッ然」
 このやり取りを何度行ったのかはもうわからない。
 モーリェは数日経ってなお諦められず、買い物当番の仲間の仕事を覗いては、あのゲームの動力が売り出されていないかを訊ねてしまっていた。律儀に答えてくれるイゾラもまた、冒険の続きをつい夢見てしまっているのだろう。
 木箱に座る仲間の背に近づき、捕らえた触手をむにゅむにゅとこねながら死生匣を覗く。暗色のディスプレイは今日も多くの品を表示しているが、目的のものはとうてい見つかりそうになかった。自分も仲間も、それがどんな形をしているのかすら知らない。
 胸躍る冒険の記録は、今もあの箱にしまい込まれたまま。日の目を見る機会はおそらくもう無いだろう。
「あの、もし……もしもの話だけど」
 ぽつりぽつりと言葉を零す。右目の水面がかすかに揺れた。
「ぼく達の檻? ばりあ? が急に開いたりしたら、その時は皆で一緒に外に行きたいな。今度こそ」
 箱、もしくは檻の外へ。薄く瑞々しい唇が、仮想世界ですら叶わなかった夢を紡ぐ。無邪気に、無責任に。
 イゾラはすぐには答えなかった。ただディスプレイに視線を泳がせ、小さく息を吐いて、
「ああ……行こう。全員で突っ込んで、今より住みやすいもんぶっ建てようぜ」
 振り返ってにやりと笑みを浮かべてみせた。
 ぼんやりと過去を――連れていけなかった仲間たちを――見つめていた瞳に、海の青をしかと映し出した。