「ようこそですおねえさん、ぼくがこの星をごあんないしますね!」
私を満面の笑みで出迎えてくれたのは、芋虫のような生物――としか言い表しようのない存在だった。
毛のないつるりとした肌はシリコン製のおもちゃのようで、頭にはペンで雑に描いたかのような細い目が備わっている。
大きさは男物の靴ぐらい。彼(男性であると伺っている)は短い脚をひょこひょこと動かして、楽しそうに私の周りを回ってみせた。うっかり蹴ってしまわないか心配だ。
「うん、よろしくね。……この、ガイドさんは抱っこしていいっていうのは本当?」
「はいですー! お客さんの歩くはやさに合わせるにはそれがいちばんですから」
彼は後ろの脚を使って立ち上がり、やる気に満ちた顔を見せてくれた。
その体を両手で掴めば、まんじゅうのようなもっちりとした感触が伝わる。悪くはないなあこれ。胸まで持ち上げてみると、彼は身を伸ばして肩の上へと移った。
辺りを見回せば、ほかにも肩にガイドを乗せた観光客がいる。
二本の足で歩いている者は観光客で、その足元をうろうろしているのが現地虫たちだ。
「それじゃあ行きましょうですよ、すてきな旅にしましょうねー!」
「おーっ」
キャリーカートを引いて歩きだした。まずは荷物を置いて身軽にならなければ。予約を取っているホテルは、このむしむし第三スペースポートからそう遠くない場所にある。
ここは観光惑星むしむしプラネット。たくさんの芋虫たちが暮らす、柔らかで賑やかな星……のはずだ。
イモアライマーケット
観光惑星と銘打っているだけはあって、街は現地虫よりもずっと大きな観光客たちも歩きやすいように作られている。
賑やかなマーケットもそのひとつで、通路が高低差によって上手いこと分けられていて、おかげで私は屈みすぎで腰を痛めることもなく買い物をすることができた。
「それにするかい? 安くしとくよ!」
威勢のいい店主の声に甘え、値札の半額で品を買ってしまった。でもこういうのって、値引く前提で価格をつけられているんだっけ。
衝動的に買い付けてしまった袋には、ぴかぴかと光り輝く小石が入っている。マーケットの一角、灯りの道と呼ばれる通りには、様々な照明機器を売る露店がたくさんあった。
「それ何に使うですか?」
「えっとね、トイレに置こうかなって。夜中にライト付けなくても使えるように。一気に明るくすると目がギャーッてなるでしょ」
「ほえー、あんまりわかんないです……ぼくらはいつだってぴかぴかを見てたいですよ」
やっぱり私たちは目のつくりも違うらしい。でも、色とりどりの照明に惹かれるのは一緒みたいだ。
古めかしいランタン、七色に輝く花、辺りをうろつく光球、発光塗料の入った缶……聞くところによると、彼らは光るものがとにかく好きらしい。夜のマーケットで煌々ときらめく通りができあがってしまうぐらいには。
「ガイドさんのオススメある?」
「はい! 宙にも描ける光ペンがとってもおすすめなのですよー! ぼくも子供のころいっぱい遊びましたです」
……その体でどうやってペンを持つんだろう? 浮かんだ疑問は、あとでゆっくりと訊くためにしまっておくことにした。
石、玄関にも置こうかな。彼が薦めてくれたペンと併せて使うのも良いかもしれない。
家を飾る算段を立てながら、買ったものを鞄の奥へとしまい込んだ。
ムシコロガット遺跡
展望台から見渡す景色は壮観だった。
眼下に広がる白い街は、複雑に入り組んだ虫の巣のような(まあ虫だもんね)構造を陽のもとに晒している。なにかが暮らしている気配はなく、多くの観光客が往来するのみ。
虫々がここを行き交う時代は、遠い昔に終わってしまったようだ。
「ここは滅亡愛好家の皆さんに大人気なんですよー」
「そうだねえ、人多いねえ」
かつては大都市だったらしいこの遺跡は、神話と歴史の境目が曖昧なほどに旧いものらしい。宇宙開発が進んでから作られた街と違い、異星人の来訪を想定していないサイズの建造物ばかり。
実際に踏み入ってみれば、私が通れるのは大通りぐらいで、路地にはとても入れそうになかった。
パンフレットを捲りながら、目の前の廃墟がかつての王宮であったことを確かめる。この国の最後の王は、紆余曲折を経てそれはもう凄惨な末路を辿ったそうだ。
「あっ、あそこですよ! ティンティンⅢ世が火あぶりにされたという広場です!」
ガイドさんが頭で指した広場を覗く。ここを訪れる観光客のために、白い舞台(素材は結局謎だ)はきれいに掃き清められていた。
串刺しにされ火で焙られたという王の最期に思いを馳せてみる。薪の爆ぜる音、甲高い断末魔、じゅうじゅうと焼けるぷりっぷりの芋虫……。
「ガイドさん、今日の晩ごはんどこだっけ」
「ごはんです? 触手ステーキの美味しいお店ですよー」
「わぁい」
こないだ訪れた星で食べた、絶品のスペースワーム鍋をつい思い出してしまったのだ。
ガイドさんとその他たくさんの虫々に内心謝って、おもちゃの街のような遺跡を後にした。
ニョキニョキストリート
若者が集うという通りに来てみたものの、私の目では誰が若者なのかがさっぱりわからない。
とても小さい芋虫が子供で、なんだかシワシワしているのが年寄りだということぐらいしか。そういえばこの星の虫たちは、私の知っている芋虫と違い蛹になったりはしないらしい。
……そのはずなのに今、私の目の前を、翅の生えた芋虫がのろのろと飛んで行った。変態を済ませたといった様子ではない、ただ背中に大きな翅を取り付けただけの虫が。
「この星では……あとこの街では特に、じぶんの体を改造する虫が少なくないんですよー。特に若くてウェイウェイな虫に大人気なのです」
たまに変わった姿の芋虫を見かけると思ったらそういうことか。特に若い改造愛好者が集まるらしい通りでは、虹色の肌を持った虫や、角やしっぽを備えたむしがひょこひょこと歩いていた。
奇抜なものだと、背中から触手を生やしてゆらめかせている者もいる。何かに寄生されているかのようだ。
「見ていて飽きないなあ」
「やっぱりお客さんから見たら面白いですか?」
「うん、びっくり箱みたいだ」
名物だというシュガーミルクを(五倍サイズでも少ないのでちびちびと)飲みながら、行き交う虫たちを眺める。
するとガイドさんが私の耳に顔を寄せ、小声で話しかけてきた。
「あの、体のながーい虫には近寄らないほうがいいのです。なっがーいのはワルの証ですから」
「ほへー」
いわゆるアウトローということなのだろうか。迂闊に関われば地下ゲートに送られてしまったりするのだろうか。
気を付けるね、とガイドさんに告げると、彼はほっとしたような面持ちで頷いてくれた。
?????
私は今、物々しい扉の前に立っている。
地上の観光が楽しくて忘れそうになっていたけれど、この星に来た本当の目的は、この扉をくぐらなければ果たされないのだ。
「だいじょぶです? びっくりしちゃうお客さんはほんとびっくりしちゃうですよ」
「平気平気、ここに来なかったら来た意味が半分なくなっちゃうもの」
この先は相当刺激が強い区画のはずだ。ガイドさんの口ぶりから察するに、具合を悪くして帰ってしまった人もいるんだろう。
私がその中に加わることはない、という自負はある。
「それじゃあチケット出してくださいです、規則ですのでー」
「はいはーい」
ポーチから一枚の紙を取り出す。それを受付の虫に見せて、私は――
――この星の〝地下〟に足を踏み入れたのだった。
人間地下闘技場
血が勢いよく噴き出すのが見えた。剣を手にした青年が、もう一人の青年の首を切り裂いたのだ。芋虫たちとは違う、いわゆる人間に近い姿をした剣闘士が、血だまりの中に崩れ落ちた。
私は観客席からそれを見ていて、思わず苦い顔をしたまま勝人投票券を握り潰した。思い切って賭けた額が今の一撃でパァだ!
「あとちょっとでしたね!」
ガイドさんはこう言ってくれるけど、今の一撃をかわしたとしても勝てなかったんじゃないかな。
生き残った青年は武器を掲げ、多くの客席からの歓声を浴びる。その賑わいの中、自走式のロボットがすうっとやってきて、こと切れたほうの青年を運んで行った。
明らかに死んでいるように見えたけど、剣闘士たちはこの状態からでも蘇生できるように改造されているらしい。便利だなあ。
観客は他の星からの観光客が多いけれど、芋虫たちも少なからず混ざっていた。体が小さいから少なく見えるだけかもしれないけれど。
「これって虫さん達にもメジャーな娯楽なの?」
「はいですー、ちびっこは入れない憧れのわくわくランドなのですよ!」
なるほど、さすがに子供には見せられないという意識はあるらしい。それにしたって私の故郷とはだいぶ倫理観が違うなあと思うけれど。
なんでも、地上の宇宙港からやってきた人間は客人であり、地下のワープゲートから〝入荷〟された人間は商品であるそうだ。
「あっちのレストランに行けばですね、けんとーし肉が食べられるですよ」
「えっマジ、行く行く」
夕食が決まった。私の産まれ故郷(窮屈なのでだいぶ前に出てきてしまった)なら重罪となってしまうグルメは、果たしてどれくらい美味しいんだろうか。
ヌルネッチョ養触手所
この星で生産されている触手生物は三種類。
肉厚な食用の触手、害獣駆除などに使われる戦闘用の触手、そして輸出品として人気が高いらしい性交用の触手だ。
私の目の前、分厚い窓の向こうでは、ケージに入れられた性交用触手がうねうねと身をくねらせている。ケージはロボットアームによって運ばれてゆく。
「これはまだ若いやつなんだね」
「ですです、もっと大きくなってから出荷なのです」
見学者用の通路を道なりに進めば、触手生物が育ちゆくさまを順に見ることができた。ある程度成熟すると粘液を分泌するようになり、私の知っている姿となるみたいだ。
一頭欲しくはあるんだけれども、どうしようかなあこれ。飼育環境整えるのも手間だし今回は見送ろうかなあ。
「おわっと、あっすいません」
考え事をしながらあるいていたせいで人にぶつかってしまった。とりわけ大きな窓が設けられた場所に人だかりができている。
背伸びをして窓を覗くと、大きく育った触手生物と――虚ろな目で天井を見つめる、裸の人間女性がいた。
そのお腹は大きく膨らみ、内側から押されてぐねぐねと蠢いている。
「あっこれ知ってる、人間との交尾で繁殖したやつじゃないと人間に興奮しないんでしょ」
「そうらしいですねー、職人のひと手間ってすごいですー」
とかなんとか話をしているうちに、人だかりがにわかに騒がしくなった。
漏れ聞こえる声によると出産が始まったらしい。地下に来たからには見ておきたかったものだ。なんていいタイミング!
でも先に並んでいた人が多くて、背伸びをしてもだいぶ見づらい。せめて授乳だけでも見せて! ちょっと! もー!
愛玩改造人間直売センター
一番の目当てを最終日に回して良かった。初日からここに来てしまったら、家に迎える日が楽しみすぎて観光どころではなくなってしまったろうから。
私の目の前で呻る大掛かりな装置に、若い男が裸で拘束されている。だらりと投げ出した腕は私より四本も多く、お腹には不自然な穴が開いていて、そこから複数の触手が飛び出し垂れ下がっていた。
意思の光が消え失せた顔はかなり好みのものだ。あとちんちんがでっかい。
「私がご主人様だよ、絶対服従だよ、よろしくねー。呼び方どうしようかなあ、姉さんって呼んで貰おうかなあ」
「ごしゅじん……さま……。ねえ、さん……」
取り付けられた装置に脳をいじられながら、埋め込まれた命令を確かめるように、繰り返し呟いていた。この作業が終われば、彼はちゃんと自律行動のできる状態で私のもとに送られてくるのだ。たった今購入契約をしたのだから。
ここではオーダーメイドの愛玩人間も取り扱っているけれど、私は既製品を選んだ。オーダーメイドだと顔も体も性格も自由自在だけれど、価格が数十倍になってしまうのだ。さすがにそこまでは払えない。
「ふふふー、いいものが見つかってよかったですね!」
「その通りだよ来てよかった! ありがとうねガイドさん!」
喜ぶ私を見て、ガイドさんは得意げな声をあげた。目当てのものは買えたし、観光も楽しめたし、この星に来てからほぼ良いこと尽くめだ。闘技場でスったのは除く。
「ねえこの後また地下市場に寄ってもいいかな、この子のためにいろいろ買っていきたくなっちゃった」
「わーいまだまだご案内するですよー! 装置と生物とお薬どこから行くです?」
「じゃあ薬かなー」
私の声もとにかく弾む。残り一泊、思いっきり楽しんで帰らないとね。
通信販売のむしねっと
「ふーんふんふんふふーん」
この頃気に入っている曲を口ずさみ(たかったけど歌詞を忘れたので鼻歌にし)ながら、通信端末のホログラムをなぞる。
アクセスしているのは、むしむしプラネット随一の品数を誇る通信販売サイト……の、地下会員専用ページ。
纏まったお金が入ったので、やっぱり性交用触手も買うことにしたのだ。かわいいペットのために。
「楽しそうだね、姉さん」
「楽しいよぅー、きみの故郷のこと思い出してたんだよーいいとこだったなあ」
愛しの愛玩改造人間くんが、三対の手で私を拭き清めてくれる。器用でパワフル、本当に素晴らしい。小型触手内蔵型でちんちんもでっかいの本当に最高だね。おかげで夜の生活がツヤツヤのぽっかぽか。
私は彼の大きな手に身を任せながらショッピングを続けた。性交用触手と飼育用具一式を注文し、ついでに冷凍の剣闘士肉もカートに入れる。
触手ステーキも欲しかったけれど売ってなかったので、注文を確定してから地上商品の通販ページに移ってそこで多めに買った。
「お肉が届いたら焼いてあげるよ、一緒に食べよー」
「食べる! でも料理、俺もできるようになりたいな……姉さんのために肉焼きたい」
うーん健気だなあ。嬉しいなあ。そういう仕様の子を選んで買ったから当然なんだけど。
「じゃあ練習してみよっか、どうしてもダメだったら一緒にきみの故郷でインストールしてもらおうね」
いつかそう遠くないうちに、もう一度あの星へ行こう。お世話になったガイドさんにまた会えるといいなあ。今から楽しみだ!