二次創作

商業作品

#-- ドスランポスの皮を手に入れた!

 ※擬人化作品


 密林の朝は早い。
 東から陽が昇り、茂る草に射しゆくさまを、一人の男がまっすぐに眺めていた。
 彼はいわゆる、人間たちの言うモンスターである。一人、と呼ぶには語弊があるかもしれないが、ここではそう扱うこととする。
 この平行世界のモンスター達は皆、人間に似た姿を持ち、二本足で歩き回るのだ。
 話を戻そう。男は裸足のまま波打ち際に降り立ち、紅く染まる海を眺めていた。
 その金の双鉾に、どこか悲しげなものを湛えて。
 むき出しの身体には無数の傷が刻まれている。髪は所々焼け焦げ、ちりちりと縮んでしまっていた。
 つい先ほどまで、戦いに身を投じていたことが判る、真新しい痕だった。
 打ち寄せる波に足下を浚われ、男は小さくうめいた。塩水が傷に染みたのだ。近づきすぎた、と顔を歪ませながら後ずさる。
 そんな彼の背後に、一人の男が舞い降りた。例えではなく、本当に空中から。
 ぎょろりと見開かれた大きな眼と、羽織っている橙色がかった濃い桃色の衣類、そして髪型が印象的な男だった。
 八方へと大胆に逆立てた髪が、まるでエリマキトカゲのトサカのようにも見える。服装も相まって、密林ではいささか目立っているが、男はそんな事など意に介してもいないようだ。
 男が地に降り立つと、それまで彼を支えていた背中の翼が、ふっと霞のように消え失せてしまった。
 波打ち際の男は、流し見たその様子に興味を示さない。この平行世界のモンスターにはごく当たり前のことなのだ。
「いやー、今日もこっぴどくやられたねぇ」
 トサカの男がはははと笑った。その声には嘲りも哀れみも含まれておらず、この光景が見慣れたものであることを感じさせる。
「『今日も』は余計だっての、クソッ」
 波打ち際の男が吐き捨てる。
 一瞬だけ振り返ったその顔を朝日が照らす。前髪の一房だけ色が違う、青い髪が揺れる。その下の眼は、野生的にぎらぎらと光っている。
 しかし身に纏うのは、髪と同じ色の下穿きが一枚。それだけだった。
 密林の鳥竜・ドスランポスは息を大きく吸い込み、朝日に向かって叫び声をあげた。

「俺の服返しやがれぇぇぇぇええええっ!」

 戦いに敗れたものは、身に纏っているものをはぎ取られる。
 それがこの世界の、絶対のルールだ。

 ◇◇◇

「それでよ、いまいち腑に落ちないんだが」
 時は遡って先日。
 ドスランポスは、隣の島までよく見渡せる崖の上で、生肉にかじりつきながら愚痴をこぼしていた。
 その隣に座るのは、年端も行かない子供だった。首もとに巻いたスカーフと、髪からちょこんと飛び出た黒い猫の耳が可愛らしい。
 ハンターの荷物をひったくることに長けた亜人、メラルー族の一人だ。
「あいつら強くなんの早すぎねえ?ちょっと前まで軽く噛んでやるだけで尻尾巻いて逃げ出してやがったのに。いや尻尾ねぇけど」
「頭がいい生き物は成長するのが早いのニャ。つまりあんまり学習してないアンタが悪いのニャ」
「んだと!?」
「ひゃあ! 怖い怖いニャー!」
 ドスランポスが声を荒げれば、メラルーは言葉とは裏腹に、楽しんでいるかのような素振りで逃げ回る。手には肉球を模した棒を握り、二足歩行でとてとてと。
「怖いニャ、野蛮なドスランポスに食べられちゃうニャー」
「怖がってんならその面白い顔を何とかしろ。で、何しに来た」
 メラルーは小さな手で大げさに頭を覆い、楽しそうに走り回っている。そんな様子を一瞥して、ドスランポスはため息をついた。
 この頃負け続きで、気が重い。
「そうそう忘れるところだったのニャ、一つ話があるのニャ!」
 くるりと向き直り、メラルーは早足でドスランポスに詰め寄った。輝いたその眼の奥に、『儲け話』と言う言葉が透けて見えている。
 旨い話を聞きつけたときの猫の眼は、いつもこうである。
「ボク達と手を組んでみないかニャ? 絶対に悪い思いはさせないニャ!」
「うっわ、うさんくせぇ」
「何を言うニャ! ボク達は至ってマジメに言ってるニャ!」
 ドスランポスの刺すような視線を浴びながらも、意に介する様子もなく、メラルーはおどけて手をくいくいと引いてみせた。自分こそ幸運の招き猫だと言いたいようだが、まるで説得力がない。
 あっそ、と吐き捨てて、ドスランポスは食べかすを崖から投げ捨てる。白い骨が、遥か遠くに消えてゆく。
「……この目が信じられないニャ?」
 あの手がだめなら次はこの手。今度はわざと目を潤ませて交渉の相手を見上げるが、
「どうでもいいけど前歯に魚のヒレ挟まってんぞ」
 話は斜め上へと逸らされる。
「ひ、酷いニャ!デリカシーが無いニャ……乙女に向かって……」
「雌……? ペチャパイ過ぎて判んねぇよ」
「ニャー! ニャァアアアア!」
 言葉にならない声をあげて、メラルーはお手製の肉球棒で、ドスランポスの後頭部をてしてしと叩きつけた。顔がひどく紅潮してしまっているのは、恥ずかしさよりも悔しさが原因のようだ。
「痛ぇ! やめっ、判った判ったから!」
 顔を真っ赤にした子供相手に怒る気にもなれず、後頭部を手で守りながら立ち上がる。
 そしてメラルーのスカーフをくいっとつまんで、小柄な体ごと持ち上げてしまった。つまみ上げられながらも、必死に手足をばたつかせる様子は随分と微笑ましい。
「話ぐらい聞いてやるよ、手ぇ組んで何するって?」
 猫が見上げた先には、青年の笑顔があった。
 なんだかんだと言いつつまんざらでもなさそうな、口の端から牙を覗かせた、野性の微笑が。

 ◇◇◇

「よう、バカ猫」
 ドスランポスが件のメラルーと再会を果たしたのは、ハンターに毟り取られた服を新調してからのことである。
 いつも変わり映えのない、青色のジャケットとパンツ。背には虎斑に似た黒の模様が入っており、その鮮やかな青に、ひと房の赤い前髪と、研ぎ澄まされた赤い爪がよく映えている。
 吹き抜けから注ぐ陽の光を背に受けながら、青い鳥竜は洞窟の一角に仁王立ちしていた。
 その足元には、すっかり縮こまってしまった黒猫の姿がある。
「よ、よくこの完璧な擬態を見破ったニャ」
「木の枝持って洞窟の中までついて来るアホが他に居るかよ」
「はっ!? しまったニャ!」
 慌てて両手に持っていた木の枝を放り捨てるが、遅い以前の問題だ。
 見上げれば、そこにはいつも以上にギラついた金の双眸があった。心なしか、おでこに血管が浮き出ているようにも見える。低いと評判の沸点に、とうに達しているようだ。
「……それじゃあ復唱だ。お前が持ちかけた話は何だった?」
「ニャ、ボク達で一斉にハンターから荷物をくすねて、混乱してるところをアンタがボコボコにして、やっつけたハンターから更に荷物をいただく……ニャ」
 ドスランポスが片眉を吊り上げる。ただでさえ鋭い目つきが、更に凶悪さを増した。
「で、お前らの戦利品は」
「ケイトがマタタビ、リンもマタタビ、ミルキーもマタタビで、ボブとリンダとココアとユンとジョーとノリもマタタビ……ニャ」
「お前は」
「マタタ……」
 同じ単語が出てくること計十回。最後の一つを言い終える前に、ドスランポスはメラルーのスカーフをつまみ上げていた。
 蒼かったメラルーの顔色が、更に蒼くなる。
「さーて突発崖から猫投げ大会・俺カップ開催すんぞー」
「ニャアアアアアア! ごめんなさい! ごめんなさいニャアアアアアア!」
 額に血管を浮き出させたまま、すたすたと外へと歩いていこうとするドスランポス。メラルーの悲痛な叫びが、洞窟内に反響する。
 宙吊りにされながらじたばたともがく様子は、まるで空中で溺れているかのようだ。
「マタタビ半分あげるから許してニャ……」
「いらねぇよ!」
 思わず地面に叩きつけたくなる気持ちを抑えつつ、ドスランポスは早足で洞窟の外――切り立った崖を臨む出口へと歩いてゆく。本当に崖から投げ捨てるつもりではなく、懲りるまで脅かしてやろうと言う考えのもとに。

 ◇◇◇

 緑生い茂る地面へ足を踏み出せば、ぎらぎらとした陽光が、青尽くめの身体に注いだ。
 眼前に広がる光景は平和そのものだ。先日の激闘(の末、逃げ出した先で更に張り倒された惨劇)のことなどを覚えているのは、どうやら身包み剥がれた本人ただ一人らしい。
 騒がしい二人と同様に人型をした、小柄な影がその一角に屈みこんでいた。背中に苔を生やした、奇妙な服を着込んだモス族の一人だ。どうやら美味しいキノコの吟味を行っているらしい。
 いつも肉食竜に絡まれて散々な目にあっているにも関わらず、いつになっても警戒すらせずキノコに夢中になる姿は、この密林の名物の一つでもある。
「よう、またここに居たのか」
 その後姿と匂いに見覚え(嗅ぎ覚え)があることに気づき、ドスランポスは軽く手を振った。もう片方の手でメラルーを掴んだままで。
 声をかけられたおとなしげな顔をした少年は、ワンテンポ遅れて振り返り、声の主を見据えた。
「あっ、でたなーあおいのー!」
 彼なりに驚いているようだが、いまいち緊迫感がない。
 ランポスとモス、と言えば捕食者と被捕食者の関係である。しかしこの平行世界の人型モンスターたちは、人型同士でその肉を喰らい合うことはしない。喰らうものは、専ら人の形をしていない生物の肉だ。
 しかしながら、肉食獣と草食獣の間にははっきりとした力関係が存在している。生まれ持った身体能力の差、および肉食獣が草食獣を『性的な意味で』食べることがしばしばあるためだ。
 このモスの少年に至っては、幾度にも渡ってドスランポスに『つまみ食い』された経験があるのだが、どうあってもこの平和すぎる気質は直らないらしい。
「こんどはそんなちっちゃい子にまで手をだしたのかー」
「うう、こいつはとんでもないロリコン野郎ニャ……」
「お前はどんだけ育っても射程圏外だバカ猫」
 両手で顔を覆い、わざとらしい泣き真似をしてみせるメラルー。呆れ顔で掴んでいた手を離せば、草が生い茂る地面に無様に転がり、「ふんぎゃっ!」と声をあげた。時々、本当に猫の亜人であるのか疑いたくなる。
「それでなにしにきたのだあおいの、また悪いことをしにきたのかー」
「ああ……その」
「この目付きの悪ーい不良は、ハンターにボコボコにされた復讐をするために、奴らを陥れるセコい手を探しているのニャ! 何かいい手はないかニャ?」
「いつからそんな話になったんだよ」
 ドスランポスが答えるより早く、メラルーが出まかせを述べ連ねていた。こちらもモス以上に、どんな目に遭っても、その捻くれた性格を直すつもりはないらしい。
 問われたモスの少年は、真面目な顔をして数秒間押し黙ったのち、「あっ」と間延びした声を上げた。何か妙案が舞い降りたようだ。
「おいしいキノコをたくさん食べさせれば、ハンターもきっとまんぞくしてねる」
 天然ボケの脳からは、天然ボケの案しか出なかった。
 一瞬でも期待した俺がバカだった、とドスランポスはため息をついた。隣のメラルーもまた、さっぱりだとでも言いたげな顔をしている。訊く相手を間違ったのが自分であることを棚に上げて。
「……ぶー。じゃああっちの竜にでもきけばいい……」
 二人の反応にふてくされるモスの少年。その視線の先、最も高い崖に続く獣道には、またも見知った姿があった。
 逆立てた髪に、橙か濃い桃色かと言った色の上着。遠巻きでもすぐにわかる、イャンクックの後姿だ。こちらには気づいていないらしく、振り向かれることはなかった。
 その獣道の先には崖しかないはずなのだが、一体何をしているのだろうか。ふと疑問が浮かぶ。
「わかったわかった、あっちのチキン野郎とイチャついてくるわ。で、お前さんよ」
「なんだーあおいのー」
「逃げねぇの?」
「……あっ」
 またもワンテンポ遅れて、モスは彼なりの慌てた様子を見せだした。目の前にいるのが肉食竜であることを忘れていたかのような、そんな様子だ。
 茂った草を踏み分けて、彼なりに大急ぎで(嗅ぎ当てた特産キノコをしっかり回収してから)少年は密林の奥へと消えていった。遠くなった背に、「だから食われんだよ」とごもっともな言葉を受けながら。
「ニャ、今の子……」
 その様子をぼんやり眺めていたメラルーが呟く。
「顔が幼かったニャ。ショタコンニャ」
「うっせぇ」
 否定はしなかった。

 ◇◇◇

 時折振り返り、メラルーが小走りで後を追いかけてくるのを確認しながら、二人はイャンクックの後姿が消えた場所へと向かった。
 姿は見えないが、匂いですぐ近くにいることが判った。ドスランポスとは付き合いの長い腐れ縁のため、嫌でも用意に判別できてしまう。
「相変わらず目立つ色してるよなあ」
「アンタに言われたらおしまいニャ」
 聞き覚えのある声と、猫の甲高い声に気づいたのか、イャンクックが二人のほうへと視線を移した。
「あっ。どうしたんだいこんなところで、ドスランポス君と……お嬢さん?」
「どうして疑問系なのニャ……」
「こいつがハンターをとっちめるいい策を探してるんだとよ」
 不服そうな顔をするメラルーの頭を撫でつけながら、問いかける。手のひらの下で、猫の耳がもぞもぞと不満を訴えかけるが、面倒なので黙殺した。
「なんかいい案ねぇの?『先生』さんよ」
 その言葉に反応し、イャンクックの眉がぴくりと歪んだ。何か思うところがあるらしく、苦笑いを浮かべる。
「……その呼び方も、もう形だけになってしまったなあ」
「んな切ない目すんなよ……」
 『先生』。それがハンター達による、イャンクックの通称だ。
 その背景には、過去に多くの新米ハンターを叩きのめし、ネコタク送りにした経緯がある。地を駆けるモンスターばかりを相手にしていた、駆け出しハンターの頭上から舞い降り、得意の高熱液で辺りをなぎ払う様は、さぞ強大なものに見えるのだろう。
 ハンター達の世界では、彼を打ち倒すことができれば新米卒業と言われているらしい。などと言う情報が、村の猫と密林の猫を経由して伝えられている。
 だが、そんな彼の全盛期も今や昔。密林や山丘を訪れる駆け出しハンターの数は年々減少し、凶悪な武器を担いだ一人前のハンターが取って代わるようになった。
「僕よりも他の誰かに訊いたほうが良いだろうねえ、真面目に答えてくれるのがいるかは別として」
 はは、とイャンクックが軽く笑った。彼の脳裏には今、アクの強すぎる顔ぶれが並んでいるのだろう。
「例えばレイアちゃんとか」
「怖ぇから嫌だ」
「じゃあレウス君」
「人の話聞かねぇから嫌だ」
「またワガママばっかり……ガノトトス君は?昨日も四人連れを逃げ帰らせたらしいよ」
「あー、じゃあそこ行ってみっかな……水ん中から出てきてくれりゃあだが」
 首を横に振ってばかりの作戦会議は、一応の終結を迎えた。
 次の目的地は水辺だ。都合よく海岸に顔を出してくれるかは怪しいところだが、ひとまずの暇つぶしにはなるだろう。
「僕もあとで水辺に行くさ、今の用事が終わってからね」
「用事?」
 ここでドスランポスは、もう一つイャンクックに問おうとしていたことを思い出した。こんな何もない崖の上に、一体何の用があってやって来たのかと。
 空を自在に飛べる彼ならば、崖を選ばずとも景色ぐらい好きなところを見て回れるだろうに。
「ここ最近の日課でね、こいつをこうして……」
 そう言うとイャンクックは、手馴れた手つきで、自らの服についているウロコ状の飾りを千切り取り始めた。やや光沢のあるウロコは、陽の光を浴びて鈍く輝く。
 数個集めて手のひらに乗せたかと思うと、一つ一つつまみ上げ、それをおもむろに目の前の蜂の巣の入り口に詰め込みだした。
「……何やってんだ?」
「こうすると区別がつかないだろう、このウロコの色とハチミツの色」
 蜂からの攻撃を受けながら作業を続けるイャンクックの意図するところが判らず、ドスランポスとメラルーは怪訝な表情を浮かべる。
「こうやって詰めておくと、ハチミツが欲しくて欲しくてたまらないハンターが凄くガッカリしていくんだ」
 そう告げた怪鳥の横顔は目が死んでいた。
 自慢のトサカヘアを何度も何度もピンポイントで刈り取られ、かつての栄光をボロ雑巾のような何かに加工された末の、諦めの表情。先生と呼ばれ続けている事実も、今の彼には僅かな慰めでしかないのだろう。
「みみっちい嫌がらせニャー!」
「そっ……」
 ドスランポスが言葉を喉に詰まらせる。
「でもよく考えたニャ、その発想には関心するニャ」
「いやあ、それほどでも」
「そんな……」
 いつの間にか打ち解けていた猫と怪鳥の隣で、青い鳥竜が俯いていた。
 思わず拳を握り締めたしまったせいで、長い爪が刺さり、指の間から血が滴っている。身体はわなわなと震えているように見えた。
 その様子に気づき、二人は不思議そうにドスランポスの顔を覗き込む。二人の竜の視線が交錯した瞬間、何かが弾け飛んだ。
「俺の知ってるクック先生はそんなんじゃねえー!」
 崖の上から遥か遠くまで響き渡る、壮大な絶叫だった。
「ど、どうしたんだいドスランポス君!?」
「全盛期の先生は、一日で三十回ハンターをネコタク送りにしたって」
「え……ええ……?」
 困惑するイャンクックを前に、堰を切ったように、早口で捲くし立てる。
「舞い降りただけでハンターがビビって気を失って、更に睨んだだけでもハンターが倒れて、残ったやつも翼一振りで再起不能で」
「ちょ、何の話……?」
 握り締めた拳から血が滴る。真っ直ぐに前を見据えた両目からは、今にも涙が溢れ出しそうだった。
「頭突きが早すぎて頭が三つに見えると恐れられて、あんまりに強すぎるからカミサマだか何だかが直々に力を弱めさせて、それでもなおハンターをなぎ倒しまくって、手加減するように頭下げて頼まれるぐらいだったって……つまるところ俺の憧れで……」
「えっ何それ僕もそんな話初耳なんだけれど」
「だってのに何でそんな、腐ったマグロみてぇな目してんだよちくしょー!」
 腹の底から絶叫を上げ、振り返りざまに美しく涙を飛び散らせて、ドスランポスは元来た方向へと走り出した。
 逆光を浴び、無駄にきらきらと輝く涙の軌跡を描きながら、青い背中が生い茂った草の中へと消える。
 どう考えても冗談にしか聞こえない内容だったにも関わらず、ドスランポスの漢泣きは本物であった。
「誰だろう、そんな伝説考えたの……」
「アンタに昔ボコボコにされたハンターとかじゃないかニャ?」
 不思議そうに仮説を提示してから、メラルーは呆気にとられるイャンクックのもとを離れ、駆け足でドスランポスの後を追い始めた。小さい背中が、同じように草の中へと消えてゆく。
 崖は再び平穏を取り戻し、あいつそんなにアホだったのか……と、呟いた声だけが残された。

 ◇◇◇

 気がつくと、浜辺の温かい砂の上へ倒れこんでいた。
 一心不乱に走るうちに、多い茂った木々の間をくぐり、洞窟を抜け、次の目的地の海岸へとたどり着いてしまっていたようだ。
 潮風がドスランポスの身体を撫でつけ、髪を揺らす。血が上った頭を冷やしてくれる。
「ふぅ、ニャー……やっと追いついたニャ、調子に乗って走りすぎニャ!」
 ぜえぜえと息を切らしながら、その傍らへとメラルーが駆け寄ってきた。暴走するドスランポスを追いかけるのは大仕事だったのだろう。幼い顔を玉のような汗が伝っていた。
「まったく手間のかかる男ニャ、これからもっと強いやつに会いに行かなきゃならないのに、こんな所でネンネしてる場合じゃないニャ!」
「だから言い出したのはお前だろっての」
 ぶつくさと文句を吐きながらも、ドスランポスはおもむろに立ち上がり、砂を掃いながら眼前に広がる海を見渡した。
 運が良ければ目的の者――魚竜ガノトトスが見つかるかもしれないが、海の雄大さを改めて目の当たりにすると、探すのは相当難しいのではないかという気がしてくる。運良く海岸に現れてくれることを祈るしかない。
 少し歩き回って見つからなかったら諦めて帰ろう。と、考えを巡らせていたドスランポスの袖を、メラルーがくいくいと引いた。
「……にゃあ、ちょっと聞きたいニャ」
「どうした?」
「ガノトトスって、水中に住んでる竜であってるニャ?」
「たまに陸に上がってる所も見るけどな。っつーかそういう情報はお前のほうが詳しいんじゃねーのかよ」
「それはそうニャけど……まさか、アレが……かニャ」
 そう不安そうに告げて、メラルーはある一点を肉球棒で指し示した。
 指された先は、浜辺から若干離れた崖だった。正確には、その岩肌の足元に転がっている、不思議な物体だった。
「…………?」
 人型をしているが、ハンターらしい格好ではない。おそらくは竜もしくは獣だろう。青黒く光沢のある衣服を身に纏っており、その袖と背中には魚のヒレのような飾りがあしらわれている。
 恐る恐る近づけば、手で土を掻いた格好のまま、ぴくぴくと痙攣していることが判った。陸に打ち上げられてしまった魚のように。
「……み」
 力なく二人を見上げた目には、見覚えがあった。
 時折海岸から不気味に密林を覗き込んでいた、あの魚竜の目だ。この不審な行き倒れこそが、間違いなく先ほどまで二人が探していた魚竜ガノトトスそのものだった。
「みず……」
 それがどのような経緯でこうなったのかは判らないが、陸地で口を半開きにしたまま、水を欲しがっている。
 切羽詰った様子が切に伝わる、必要最低限の救援要請だった。その次に口から出たのは、言葉ではなく、泡。
「何やってんだよアンタああああああ!」
 事態の重さに気づき、ドスランポスは慌ててガノトトスを抱き上げようとする。が、どんなに力を振り絞っても、魚竜の身体が持ち上がることはなかった。大型と言われる種は、ただ身長や体格が良いだけではなく、その体躯に不釣合いな重量を持っていることが珍しくない。
 持ち上げられないならと、海辺まで転がして運ぶ作戦へと移行するが、どうにも思うように動いてくれない。身体を押されて、苦しそうに呻き声を上げるだけに終わった。
「これニャ、これを使うニャ!」
 そんな状況を打開したのは、メラルーがどこからともなく担いできた小タルだった。中には汲みたての海水がたっぷりと詰まっている。
「でかした!」
 こんな時、猫の機転は役に立つ。その心強さを感じながら、ドスランポスはパスされた小タルの中身をガノトトスの身体へとぶちまけた。

 数分後。
 そこには疲れ損とでも言いたそうな顔をしたドスランポスとメラルー、そして水を得た魚のような……いや、本当に水を得た魚そのもののガノトトスの姿があった。蒼ざめていた顔には血の気が戻り、意識もはっきりとしているようだ。
 改めて対峙すると、その身はドスランポスよりも頭二つ分は大きい。メラルー換算なら一人半はあるだろう。
「ありがとう。危なく死ぬところだった」
 ガノトトスは自らの焦げたような濃い金髪を掻きながら、照れくさそうに礼を告げた。
「何だってあんな所で倒れてたんだよ、ハンターの罠にでも嵌ったのか?」
 ドスランポスに問われれば、ガノトトスの目に悔しげな光が滲む。不味いことを聞いたかもしれない、と背筋が硬くなるが、
「カエルが食べたかったんだけど、見つからなかった……」
「…………」
 どうしてこの密林には、色んな意味で『抜けた』者が多いのだろうか。
 ツッコミを入れるタイミングを逃し、ドスランポスはただ何とも言えない顔をするしかなかった。
「カエル採りならネコにお任せニャ!どうかニャお兄さん、今ならお安くするニャ」
 メラルーはメラルーで、カモが来たとでも言わんばかりに目を輝かせている。
「……ううん、要らない。猫の儲け話に乗ったら、尻のヒレまで毟られるって聞く」
「ああ……それは否定しねえ」
 現に毟られたやつがここに居る。そう続けようかと考えたが、己の名誉のために呑みこんだ。
「それでよガノトっちゃん。何か、こう……ハンターをボコボコにする秘訣みたいなのあったら、教えてくんねえか?」
 様子を伺うように、ガノトトスの顔を見上げる。その長身ゆえに威圧感はあるが、よく見れば目は円らで愛らしい。口を薄く開いて微笑めば、鋭い刃が覗き、その目がかえって恐ろしく感じられるのだが。
「秘訣?んー……」
 唐突な問いに、大きな魚竜はしばし考え込んだのち、
「タックルだ」
 簡潔な答えを導き出した。
「タックル?」
「そう。鍛えれば、よく効く。見ていて」
 水中に籠もりがちで会話に慣れていないのか、ぽつりぽつりと呟くように語ると、ガノトトスは茂った木々のほうへと歩きだした。
 そして一本の細身の木に目星をつけたようで、一度その幹をさすったのち、数歩後退。
 大きく息を吸い、身を屈めれば、辺りの空気がぴんと張り詰める。背筋を冷たいものが伝った気がして、ドスランポス思わず己の腕を抱えた。
 その刹那、ガノトトスが動く。後ろに引いた重心を前面へと押し出すように、形容しがたい唸り声を短く漏らして、全体重を標的である樹木に叩き付けた。
 轟音、そして大気を揺るがすような衝撃と共に、木がメキメキと悲鳴を上げて折れ曲がった。
 なぜか体当たりされた木だけではなく、その後方に生えていた木までも。
「ひええ、あんなの喰らったらペラッペラのペッタンコニャー!」
「お前は元々ペッタンコだろ」
 メラルーから抗議の棒叩きを喰らいながら、先ほどの光景をもう一度脳内で再生する。一つ、理解できなかった点があった。
「……なあ。あれ、どうやってやったんだ」
 指差した先は、標的のすぐ後ろに生えていた木。倒れた木が当たった訳でもないのに、メインターゲットと同様に中ほどから折れ曲がってしまっている。
「どうやって、どついて」
 質問の意図が理解できなかったのか、ガノトトスが不思議そうに首をかしげた。
「じゃあ、もう一度やる」
 そう言って、服についた木の皮を払い落とし、今度は違う木に標的を定めた。
 狙いをつけ、身を構えたところで、
「すぐ後ろにいると危ない。離れて」
 不可解な注意を付け加えて、もう一度体当たりをしてみせた。
 先ほどと同様に、倒れるとまでは行かないまでも、樹木が揺らぐ。またしても触れてもいない周囲の木々を巻き込んで。
 明らかに、力学的におかしい。
「あのー先生、まず何がどうなってるのかっつーか、コツから教えてください」
「コツ? ……うーん」
 ガノトトスが不思議そうにドスランポスの顔を覗き込む。彼の中では、この亜空間タックルはできて当然のものらしい。
「気持ちを込めろ」
「いや無茶言うなって」
「大丈夫、きっとできる」
 ガノトトスはそう言いきって、ドスランポスの肩をしっかりと掴む。言っていることは無茶苦茶だが、目は至って真面目だ。
 どういうことだ! 無理だろこれ! と叫ぶドスランポスを、木の少ない開けた場所へと引きずってゆく。
「差し入れニャ! これ被ってビシバシロリコン竜を鍛えるニャ!」
「ん。ありがとう」
「おいバカ猫笑ってんじゃねーよ!」
 メラルーはといえば、完全にそれを面白がっている様子で、海水の差し入れを行う始末である。ドスランポスの困り顔を見るのが何よりも楽しいのだろう。
 顔をニヤつかせた猫が見守る中、理不尽な特訓がスタートした。

 ◇◇◇

 燦々と照りつけていた陽が西に傾き、空が赤く暮れた頃。
「こうか、こうなのか!?」
「まだだ、力が足りない」
 必死に体当たりを繰り返す青い鳥竜と、それを真っ向から受け止める魚竜の姿があった。
 獲りたての魚を頬張る猫の目の前で、特訓は続く。

 陽が完全に落ち、大きな月と満天の星空が輝く頃。
「親の仇だと思え! とにかくその、気みたいなものを籠めるんだ!」
「うぉりゃあああああああああああ!!」
「それだ! いい調子だ!」
 砂浜に座り込み、騒がしいイメージトレーニングを行う竜たちの姿があった。
 眠たそうに目をこする猫の目の前で、特訓は続く。

 夜も更けきり、辺りが薄明るくなりはじめた頃。
「この際煩悩でもなんでもいい!とにかく、やれ!」
「肉! 女! 肉! 肉! ××××! 肉!!」
「それでいい! 内なる珊瑚礁のエナジーをテイクアウト!」
 砂浜で奇怪な踊りを踊りながら、もう自分でも何をしているのか解らなくなってきた竜たちの姿があった。
 柔らかい砂の上で眠りこけてしまった猫の目の前で、特訓は続いた。

 ◇◇◇

「フニャ……ァ……」
 辺りが明るくなっていることに気がつき、身を起こす。素肌に何かが纏わりつく感覚が気持ち悪く、慌ててはらい落とせば、それは夜の冷たい空気で若干湿り気を帯びた砂だった。
 どうやら、件のドスランポスの悪戦苦闘ぶりを眺めているうちに、砂浜で寝こけてしまったらしい。
「ニャ!? あいつらどこに行ったニャ!?」
 あの暑苦しい叫びが聞こえてこないことに気づき、メラルーは慌てて辺りを見回した。
 先日から追い続けている青い後姿は見つからなかったが、代わりに大きな影が朝日を受けて伸びている。
 早足で近づけばすぐに気付かれ、目が合った。メラルーの目を覗き込んだその顔は、憔悴しきっている。身体や衣服に傷はないにも関わらず、一晩中戦っていたかのような、疲れた目をしていた。
「あの……ドスランポス、どうなったニャ……?」
 恐る恐る訊ねれば、ガノトトスは海の向こうを見つめ、
「戦いに行った」
 と、そっけなく言葉を返した。
 つまり、先日の特訓が上手くいったということなのだろうか。メラルーの脳裏に、雄叫びを上げているドスランポスの姿がよぎる。睡魔に負けてしまったため、記憶はそこで途切れていた。
「ドスロリコンポス、勝てそうかニャ?」
「ああ」
 ガノトトスは疲れているながらもほんのりと微笑み、
「夜通し踊った勢いで、いけると思って送り出した。でも頭冷やしてから考えたら、無理だ」
 その笑顔が諦めから来るものであることを、爽やかに打ち明けた。
「疲れた。寝る」
 口をぽかんと開けたメラルーを置いて、ガノトトスは一人海へと飛び込んだ。
 じゃあ、お前達の一晩は一体何だったんだ。訴える相手を失い、気の抜けたような顔をした猫だけが、ただ呆然と朝日が昇るさまを眺めていた。

 ◇◇◇

 密林の朝は早く、昼もまた早い。
 つい先ほど陽が昇ったかと思えば、すぐに空気が暖められ、蒸し暑い昼の密林へと変わってしまう。
 そんな暑苦しい空気を、更に暑苦しくさせるものが、地面に仰向けに転がっていた。
 傷だらけの素肌を晒した、裸の鳥竜が。
 ここまで説明したなら数日前と似たような光景だが、一つ大きく違うところがある。数日前にはあって、現在の光景にはないものが。
 下着が、無くなっていた。
 彼が愛用している、髪と同じ色の下着が。
 いわゆる丸出しで、すっぽんぽん。そんな男が地面に倒れこんでいるさまは、生皮を剥がれたばかりの動物のようだった。
 このような事態は度々起こっていた。何でも猫の情報に寄れば、ハンターの中にはとりわけモンスターの服を剥ぐ能力に長けた者が降り、剥ぎ取り名人と呼ばれているらしい。
 思い起こせば、恐ろしいほど手際が良かった。地面に倒れ付した次の瞬間には、青尽くめの上下一式を脱がされ、トランクスまで下ろされ、ひとふさの赤い前髪までも刈り取られていた。
 残った青い髪を、突然吹きつけた風が揺らす。自然に巻き起こる風ではなく、何かの翼による風だ。
 ドスランポスの身体に容赦なく風圧を叩き付けながら、一つの影がその傍らへと舞い降りる。足が地に着くと同時に、翼はふわりと跡形もなく掻き消えた。
 舞い降りたのは、凛々しい顔立ちの女性。やや茶色みを帯びた桃色の、ドレスとも鎧もつかぬ衣服を身に纏っている。刺々しいデザインのそれは、ドレスと呼ぶには堅牢すぎて、鎧と呼ぶには美しすぎた。
「こんな所で寝るな軟弱者、目が穢れる」
 投げかけられた言葉は慰めではなく、叱責。
「レ、レイアさん……何しに来たんスか……」
 裸の男の顔が引きつる。この女性、飛竜の女王リオレイアは、ドスランポスが特に苦手としている竜だった。理由は単純明快、厳格で恐ろしいからだ。
「旦那と丘へ出かける予定だったのだがな、あの阿呆がそこかしこを飛び回って帰ってこない」
「……放浪癖、まだ直ってないんスね」
「態々着替えてきた私を置いて、な……まあ良いだろう、場合によってはこの戦装束がすぐ役に立つ」
 桃色の戦装束を纏っている時のリオレイアは、普段よりも更に強くなっているようである。着替えることで、気を引き締める効果でもあるのだろうか。
 放浪旦那が見つかった暁には、さぞ恐ろしい夫婦喧嘩が繰り広げられるのだろう。
「で、奴を探している途中でお前を見かけた。随分と無謀な突撃を繰り返していたようだが、何かあったのか」
「いや、その……今なら俺にも、亜空間タックルができる気がして……」
「は?」
 徹夜明けのハイテンションで、できる『気がした』だけであるため、結果はガノトトスの懸念通り惨敗であった。あの得体の知れない破壊力を持つタックルは、どう足掻いても彼以外にはできない芸当なのだろう。
「とにかく、そのだらしない姿を早く何とかしろ。顔だけ残して地面に埋まれ」
「無茶言うなよ!?」
「む、あれは……奴か!?」
 空の彼方に旦那の姿を見つけたのか、唐突にリオレイアが翼を具現化し、羽ばたき始める。巻き起こる風圧で、ドスランポスの軽い身体は容赦なく転がされた。
「んぎゃああああっ!」
「精進しろ裸竜、ではな!」
 容赦のない一言を残し、陸の女王は飛び立った。その姿は瞬く間に空の彼方へと消え、羽虫のような大きさとなる。
 その後、リオレウスらしき点を追いかけ始めたが、裸の竜がそれを見ることはなかった。風圧により三回転半転がされ、うつぶせに突っ伏していたゆえに。
 地面も照りつける日差しも暖かいが、世の条理だけはとても冷たい。
 駆けつけたメラルーが持ってきた樽の蓋で尻を隠されながら、ふと、ドスランポスは奪われた下着に思いを馳せた。
 あのハンターはいったい何を考えながら下着をずり下ろしたのだろうか。あれを鎧の材料にでも使うのだろうか。自分だったらそんなものは着たくない。
 慌てるメラルーに揺さぶられながら、かくん、と意識が落ちるのを確かに感じた。


『ドスランポスの皮を手に入れた!』