「ほんと美味しい!食わず嫌いで損してた!」少女は串に刺さった蛸の足を頬張り続ける。これで三本目だ。暖簾をくぐって新たに屋台に入った客は、その様子に驚いた顔を見せた。「嬢ちゃん、それ共ぐ……」「赤の他人です」ぴしゃりと言い放った彼女のスカートからは、吸盤の無い八本の脚が覗いていた。
ミオのノートは友人たちにも人気があり、先程も親友に一冊貸した所である。一昨日の内容を急いで写した彼女から返ってきたノートには一枚のメモが挟まっていた。感謝の言葉と、高速移動をしている生物の個性的な絵、そして「ポンポコポス」と言う謎の注釈。授業のさなか、ミオは密かに肩を震わせた。
最近どうも風邪気味で、とお手紙でこぼした次の日、郵便受けがブランケットでぎっちぎちに詰まっていた。その中からはのど飴と茶葉とふしぎな素材の氷枕。余ってたから、と一言添えられていたのだけれど、男の人の家にこんなかわいいものばかり余っているものかなあ。また少し熱が上がりそう。
たまには皆でということで、お風呂屋さんに友達三人を誘ってみた。ジュナが湯船に持ち込んだ話題は、女子がお風呂で「誰誰ちゃんおっぱい大きーい!」とか言ってじゃれあってると男子が思っているらしくて気持ち悪い、ということ。やだー、と言いつつ皆で他の子の胸元を見る。平地、平地、平地。三人が私の胸を見て、「モニャが一番マシ」とか「辛うじてある」とか「唯一の希望」とか口々に呟いた。やめよう皆!その微妙な持ち上げかた全員悲しくなるだけだよ!
『お兄ちゃんは心配です』
妹が占いの本を借りてきた。ソファーでおとなしく読んでいたと思ったら、今度は本を開いたまま身体をひねり唸っている。
「お兄ちゃん、ヒザってどの辺りかな?」
「ないだろ」
「あったとしたらだよー」
そう言って妹は八本の脚のうち一つを抱えてまた悩みだした。
スカートから覗く紫色の脚は健康的で美しく、悪い虫がつかないか心配だ。
しかし二本脚の奴らにはなかなかその魅力がわからないらしい。
脚に骨が入っているほうが歩きづらそうに見えるんだがなあ。
「ヒザなのかその上か下かで意味がだいぶ変わっちゃうの」
二本脚の人間向けの「ほくろ占い」を強引に読み込もうとする姿は少し間抜けでとてもかわいい。
やはり、心配だ。
『トリ、そこ代われ』
今日届いたばかりの手紙は、便箋の裏面に折り線が刷られていました。
記された指示の通りに折ってみると、簡単なつくりの鳥のできあがり。それはひとりでに動き出して、部屋をぐるぐると飛び回ってから私の手にとまりました。
顔を近づけると、生きているかのような動きで頬ずりをしてくる紙の鳥。その姿の愛らしさに、あの人がこれをくれたという嬉しさに、心が躍って『よろしくピヨ~』だなんて話しかてしまったりして。
とても気に入ったので一緒に寝ましたというお返事を書いたけれど、その後のやりとりでまた鳥の便箋が使われることはなくて。貴重なものだったのかな。鳥はすぐ魔力切れで動かなくなり、枕元で眠っています。
ミオは困り果てていた。先輩から受け取った物語が重たすぎて、呑み込む前に心が押し潰されてしまいそうなのだ。
事の発端は彼女が所属する文芸部での催しだった。小説のプロットを交換して掌編小説を書こうという話に乗ったミオは、あまり乗り気でなさそうな先輩に思い切って声をかけてみた。どんな話でも頑張って書きますから、一緒にやりましょう――そう力説してしまったゆえ、もう後には退けそうにない。
完成品のバッドエンドは部誌で何度か読んでいたものの、柔らかな文章で包んでいないパーツだけを渡されると、意外にもひどく鋭い。ミオはすれ違う登場人物たちの想いを想像し、未だ描き出されていないその声に耳を傾けた。時折立ち上がり、自室の壁に沿ってぐるぐると歩き回ったりしながら。
明確に記されてしまった永遠の離別は避けられない。ならば彼らの気持ちだけでも、どこかに希望を残す形で描くことはできないだろうか。罫紙にアイデアを書き留めながら、どのように肉付けをしていくか考え込んだ。
ペンを走らせながらの思考に割り込んでくるのは、文芸部の活動と何の関係もない、少女の想い人のこと。個人的な事情を物語に投影するのはいかがなものか……とは思うものの、つい考えずにはいられなかった。私と彼が、こんなふうに心を引き裂かれてしまったとしたら、彼はそれを惜しんでくれるだろうか。私はどれくらい泣き腫らすことになるのだろうか。
「……ん!」
嫌な想像を追い出すため、両手で頬をぱしりと叩く。机の引き出しを開け、大切にしまいこんである思い出の品々をじっと見つめると、心身に力がみなぎるような気がした。
納得のいく答えを出せるまで考え尽そう。諦めの悪さには自信があるのだから。ミオはそっと引き出しをしまい、再び罫紙とのにらめっこを始めた。
翌週、ミオが書き上げた掌編を読んだ件の先輩は、君に任せてよかったと笑顔を見せてくれた。少女がありったけの優しさと執念をこめた物語は、年相応に粗削りではあるものの、確かに人の心を打ったらしい。
しかしミオはまた困り果てていた。親友が投げつけてきた豪速球のプロットをどうやって受け取ったものかと頭を抱えて。
飛行する殺人カレー鍋が次々と人を呑み込むパニックホラーには、彼女が温め続けている恋心は活かせそうになかった。
『しっぽ食堂の学割ピザ』
久々に会った友人たちと飯を食いにきた。
テラス席で、安くて美味いと評判のピザを囲んでいる。……はずなんだが。
「ピザないな」
「おかしい」
「残像か?」
不思議なことに、運ばれてきたばかりのピザが消えてしまう。まるで蒸発したみたいに。鶏のやつ美味いな。
「瞬きしたら消えてる」
「揮発性なんじゃね?」
「鼻から吸っ……あっどーもー」
次のピザが届いた。が、その味に思いを馳せているうちに掻き消えた。
茄子とソーセージのやつも最高だ。すかさず次のやつを注文した。
「ピザないな」
「耳のきれっぱしをエーテル水に浸けとくとピザの木が生えるらしいぞ」
「ははっ マジかよ農園作るわ」
まだまだ腹は満足してくれそうにない。ピザはすぐ消える。
『ミオの家で焼いたピザ』
「ピザだ!」
「ピザだね!」
「生きてるピザだー!」
「命を感じるね……!」
ピザの生命って何? とは思うけど、この喜びを表すならそれくらいでっかく言っとかなきゃならない。
焦げてないし、膨らんでるし、ズバーンしてもいない。私たち、成し遂げたんだ!
味だってばっちり、ちゃんとピザの味がする。あつあつじゅわじゅわ、とろーりこってり大成功! ミオの表情もとろけてる。
「はふっはふふふあふ おいひい」
「んー! ……はぁ、長かったよね……」
そう、長い……本当に長い道のりだったんだ。ミオのお母さんにもごちそうしなきゃ。うちのお兄ちゃんにもあげよう。
一切れ包んで持って帰ると、気持ち悪いぐらい喜んでくれてちょっと気持ち悪かった。