掃除夫の仕事はなかなかにハードで、与えられた仕事を時間内にこなすためには本当に休みなく身体を動かし続けなければならない。それでいて仕上がりが汚いときつい罰則が与えられるのだ。酷い職場だと初めは思ったが、下級市民の待遇はどこもこんなものだと後に知った。勤め先を変えても結局のところ大差ないのだろう。余所者が働けるだけでもありがたいことなのかもしれない。
今日は国会議事堂にほど近い広い公園、およびその周辺を四人で清掃することになっていた。ごみを放り込むための台車を押しながら急ぎ足で敷地を周り、そこかしこに落ちているものをトングで掴んでは台車に放り込む。割れた瓶は資源物、布切れは可燃物、千切れた腕も可燃物。警察が回収しそこねたのであろうそれは、石を握りしめたまま木の陰に隠れていたが、そこで腐られても困るので他のごみと共に燃えてもらうこととなった。持ち主はおそらくもう帰らぬ人であり、反逆者として供養も無いまま処分されているのだろう。この国の支配者は逆徒への慈悲など持ちあわせていない。
この公園は幾度と無く反政府デモの会場となっているらしく、僕は五日前に雇われたばかりなのに三度もここを清掃する羽目になっていた。警察と反政府勢力が衝突しては争いの残骸を撒き、僕らがそれを拾い集める。舗装された地面に残る血痕を洗い流す。どうせ数日後にはまた汚れるのだからとは思うものの、上の意向としては出来る限りこの公園を美しく保っておきたいようで、デモ隊が退くとすぐに清掃業者を遣わした。僕らはそれに従い、反政府勢力の人々がつけた爪痕を一つ一つ消し去ってゆく。感傷も憐憫もなく、分別されたごみとして。
清掃作業は陽が赤みがかってきた頃に終わった。正確に言えば中断させられた。公園の入口の方から、警官と新たなデモ隊が何やら言い争っている声が聞こえたからだ。わざと薄く作ってある防衛ラインはすぐに突破され、老若男女様々な人々からなる集団が公園内へと押し入ってくる。その目は皆革命への熱意や復讐の暗い炎でぎらついていた。また公園が散らかってしまうが、街中で張り合われてはもっと清掃が大変になるのでそれに比べればましだ。
僕らは大急ぎで台車を押し、人気のない出入口を通って公園を後にした。清掃の進捗に関わらず、怒れる民衆が押し寄せてきた時には即座に引き上げることになっている。台車をトラックに押し込んでからチーフに指示を仰ぐと、今日はもう帰って良いとの達しが出た。明日にはまた同じ公園を清掃することになるのだろう。この国のデモ活動は一晩かけて行われ、朝には解散してを繰り返すのが殆どであるらしい。
決起の雄叫びが遠く聞こえる。今日はハンモッカーの番か、とぼんやりと思った。反政府勢力にもいくつか種類があり、理想とするものがそれぞれ違っている。ハンモッカーと呼ばれる集団もまたその一つだ。悪しき風習と手を切るべき、我々はその先に進む必要がある……と人々を煽る、拡声器越しの男の声が公園の外まで響いた。怒気をはらんだ声に背を向け、僕は足早に帰路につく。辺りの家々もまた僕と同じようにだんまりを決め込んでいた。
短期の契約で借りている部屋はとても狭苦しく、はじめは息が詰まるようだと思った。しかし住んでみるとその狭さは特に問題とならない。眠る場所さえあればどうとでもなるように思えてくるだから。この国の在り方、そしてこの国の寝具に飼い慣らされつつある僕は、早くも睡眠以外の楽しみを忘れそうになっていた。
手早く飯とシャワーを済ませ、寝間着姿でその時を待った。部屋の半分近くを使って置かれているベッドの前で、椅子に座って時計とベッドを交互に見つめた。待ちきれずに一度だけ布団に手を伸ばしたが、触れた瞬間に身も凍るような寒気が体中を駆け巡り、手を引っ込めることを余儀なくされてしまった。拒絶されているのだ。高所で足を踏み外した瞬間、調理中に手を滑らせ包丁を取り落とした瞬間……などを思い起こさせる嫌な感覚が身を戒めた。
定められた就寝時間まではまだ少し時間があると言うのに、この布団に潜り込むことで頭がいっぱいで、何か他のことをする気になれない。例えば本を読んでいる間に時間が来てしまい、数分でも睡眠時間を削ることになってしまったら……そう考えると恐ろしくて仕方がなかった。
時計の針が切れの良い時刻を指した時、ようやく布団からの許しが出た。ひとりでにめくれて僕を招いた掛け布団を掴み、一組の白い寝具の間に素早く潜り込む。
滑りこませた足先から、無限の愛に包まれてゆくようだと思った。柔らかくそれでいて確かな重さを伴った掛け布団は、ゆっくりと沈んで僕の身体を抑えこむ。なんて心地の良い拘束なのだろう。
つややかなカバーを纏った敷布団もまた、その身を少し歪めて僕の体重をしっかりと受け止めてくれた。身体からすうっと力が抜けてゆく。半袖の寝間着から露出した手足が、吸い付くような肌触りの布と擦れて悦びに震えた。
それらは疲れも不安も眠気も全てを受け止めて、甘美な睡魔だけを僕の元へ遣わすのだった。目を閉じるとすぐに意識が途切れそうになるが、あえてその誘惑に逆らい微睡みを楽しむ。掛け布団を首元まで引き上げると、干してもいないのになぜか干したての綿の香りを感じた。陽光の香りとも呼ばれるそれは、実のところ布団に住まう微生物の死骸だと言う。以前はそこに不浄を感じていたが、今はそうは思わない。数えきれぬほどの死の上に横たわるこの行為は、どこまでも贅沢に恍惚感をもたらしてくれる。
今日がどんなに惨めでも、明日がどんなに辛くても、今の僕には関係がない。ただこうやって布団に包まれ続けていたい。この布団は布団であると同時に宇宙であり母でもある、と街頭のテレビ放送でコメンテーターが得意げに語っていたのを思い出す。僕は今羊水に浮かぶ胎児の気持ちを味わっているのだろうか。
数度目の寝返りを打ち、低反発素材の枕の良さを再認識したところで意識が暗く薄れる。そしてそのままぷつりと途切れた。
下級市民に与えられた『布団を用いた』睡眠時間は六時間。模範的な市民生活を続けることで少しずつその時間を伸ばして貰えるそうだが、詳しい条件はまだ知らない。横になってからきっかり六時間後、朝日が登る前に、布団は自ら動いて僕をベッドから弾き出した。僕は床に転がったまま夢の世界に留まり続けようと試みたが、無慈悲な硬さがそれを許してくれなかった。その結果、近くにあった椅子にしがみつきながら目が覚めるのを待つこととなる。
支度をして仕事場に向かった僕を待っていたのは、先日の朝とほぼ変わりのない光景だった。武力衝突があったのか、洗い流したはずのコンクリートにまた血痕が付いている。その隣には切り裂かれた網が残されていた。先日この公園を占拠しようとしていたハンモッカーたちのシンボルであるハンモックだ。旗代わりに振り回していたものを破壊されたのだろう。
少し遠くで布切れを拾っている同僚の老人の背中を見やった。彼が若い頃は皆自由に布団で睡眠を取ることができたし、布団に潜ることしか考えられない者はそうそういなかったらしい。国中の布団が静かに変質し、布団に依存する者が現れ、いつの間にか国は布団に支配されていた。僕も初めは馬鹿馬鹿しいと思っていたが、今では毎日十二時間布団を被っていられると言う最上級市民が羨ましくて仕方がない。あの甘美な牢獄を知ってしまえば後戻りはできないのだと悟った。
この支配に抗い続けている者達は本当に辛い戦いを強いられているのだろう。ハンモック派、ソファー派、旧時代の布団への復古を模索する一派……どれも反現代布団を掲げているからには、あの布団による睡眠は取っていないと思われる。布団の無い生活を送るだなんてよほどの精神力がなければできないのではないだろうか。
まあ誰が何と戦っていようと関係ない。ただ早く夜が来て布団に潜れればいい。バケツに水を組みながら、僕はまた布団のことばかり考えていた。