仕事と切り離された空間で休息を取るための貸し部屋。大勢で酒を飲んで騒いでも苦情が来ない辺境のぼろ家。膨れ上がったコレクションを収納するための倉庫。個人的な研究を行うための小さな研究室、など。
この部屋もまたそういったアジトの一つで、今は持ち主に加え二人が居座り、夜が更けるまでの時間を怠惰に過ごしている。靴を脱いでくつろぐタイプの住居であることが彼らの自堕落を助長していた。
数多く設置された収納棚は、卓上ゲームやコンピューターゲームの箱、パズルのようなもの、更に書物とファイルと謎の機材などを抱え、集まった者たちを静かに見下ろしている。
「なかなか上手く行かない……」
はぁ、と溜息をついて、この部屋の主であるマルジュはずれた眼鏡を指先で持ち上げた。眼鏡のフレームの次に触れるものは両手持ちのコントローラー。そこから延びたコードはコンピューターゲームの筐体を経由して目の前のディスプレイと繋がっている。小ぶりな画面の中では、デフォルメされたキャラクターが所狭しとひしめきあい、剣を振るい火花を散らして獣や死霊と戦っていた。
すぐ隣に座りペディキュアを塗っていたスキンヘッドの青年――『衣服』についての記者であるシャノフィが、マルジュの表情と画面を見比べて、不思議そうに訊ねた。
「これって圧勝じゃないのかい?」
「勝ててはいる。ただ、親密度の調整が思う通りにならなくて」
フィールドを駆け回るキャラクター達は、よく見ると皆どこかで見たような、普段から頻繁に目にしているような姿をしていた。彼らの現状を表しているウィンドウには、同僚達の愛称がずらりと並んでいる。キャラクターメイキング機能で十数人分のデータを登録した結果だった。
「折角だから大雑把な人間関係の再現をやってみたくて……あっエリーが死んだ」
「また!?」
声をあげたのはソファーに寝転がって本を読んでいたエリルベート本人。その声量に圧されてシャノフィの手元が狂い、濃い桃色のエナメル液が爪から豪快にはみ出した。
「あー!!」
「こんな所で爪塗るからだ」
家主は嘆く同僚を一瞥したのち何事も無かったように操作を続ける。画面内のキャラクター達は戦闘を追え、デフォルメされた短い手足をひょこひょこと振って本拠地へと帰還した。そして全員が収容されると同時に画面が暗転し、イベントの発生を告げるジングルが鳴った。
和やかなBGMと共に流れ出るメッセージは、キャラクター同士の関係性が変化した旨を伝えていた。ディーとニールの親密度が上昇、セティとチェスの親密度が上昇し同じ部隊への配置を希望、そして……
「あ、ロッシェがラビ寝取った」
「ちょっと待って!?」
エリルベートは音を立てて本を畳み、半身にブランケットを被ったまま這うようにソファから降りた。並んで座っていたマルジュとシャノフィの肩を掴んで身を割り込ませると、また予定外の場所に桃色が散った。
「なんでそんな事になったの」
「しばらく別の部隊に配置してたせいだろうな。ジョブを模倣士にしたせいで打たれ弱くて、倒れる度にラビの歌の効果が切れるから相性が悪く……あっ」
「あっ」
「なになに」
注目する彼らの目の前で、現実のアカシア書房内でエリルベートにちょっかいをかけては冷たくあしらわれている男が、今だとばかりに哀れな仲間を口説き始めたのだった。断るんだ、絶対断れ、と呟く本人の目の前で、もう一人の自分は快くその申し出を受け入れ、手を取り合って仲睦まじく歩み始める。
「何やってるんだこいつー!?」
「ちょ、凄いイチャイチャしてる! ははははは!」
「そして告白からの最速ベッドイン」
「待って! リセットしよう!」
「オートセーブだから今消しても無駄」
「テロップが……愛を深め……運命の相手……ぶふっ、ふふふ!」
渋い顔をするエリルベート、はみ出したエナメル液を拭くのも忘れて爆笑するシャノフィ。騒ぐ二人の様子など気にも留めず、家主は淡々とボタンを押して文字を送った。
「マルもシャノも不幸になれ……誰かと付き合って相手寝取られて身を投げろ……」
軽快な効果音に呪詛が重なる。肩を掴む手に力が篭もる中、シャノフィがそれを払いのけてさも楽しそうに画面を指差した。
「身投げ機能なんて付いているのかい? 流石に無いよねえ」
「それは無い。けど、痴情の縺れで刺した刺されたはある。言い忘れてたが昨日お前が刺されて死んだぞ」
「えっ、誰に」
「俺に」
家主は淡々と問いに答えながら物資を購入し、キャラクターの装備を入れ替えてゆく。
客達は顔を見合わせ、ほぼ同時に呟いた。呟くしかなかった。
「クソゲーだ!」
その後、真のクソゲーの定義とは何たるものかと言うマルジュの説教によって暫くプレイが中断する。