この施設、アカシア書房の本社は、闇に閉ざされた不毛の地に建てられている。世界を渡る術を持たなければただ飢えて死ぬだけの静かな地だ。聞いた話によると、遠くには世界間通販会社の倉庫が並んでいるらしい。
常闇の地ゆえ実のところ昼も夜も無いのだが、日付の感覚を作るため、館内の照明を操作して陽の代わりとしている。昼夜の時間が違う場所を行き来する記者と違い、本社にいる事が多いヴァネッツがこの時間にうつらうつらとしてしまうのは当然のことであった。
客人はまだ来ないのだろうか。下手をするとこの受付カウンターで夜を明かすことになってしまう。
待たされながらのついでに行っていた書き物の手を止め、書類を机の脇に避けた。作業の効率が落ちてきたし、寝ぼけて涎を垂らしてしまってはいけない。そしてその代わりにと、机上のブックスタンドに並んだ本の中から一冊を抜き出した。マルジュに頼んで買ってきて貰ったパズルの本だ。
空いたマスを埋める数字を求めて頭を働かせる。事務仕事より楽しくはあるが、単調な作業である事には変わりが無く、思考を埋め尽くしていた数字はいつの間にやら逃げ出していた。
眠たい頭がゆらゆらと舟を漕ぐ。ぼんやりと寝ぼけた意識では、静かな足音が近づいていることに気付くことができなかった。
「ヴァン、大丈夫?」
「っひぃ!?」
不意に声をかけられ、珍妙な悲鳴をあげてしまう。目を見開いたその顔が可笑しくて、後ろに立っていた女は盆を手にしたままくすくすと笑った。据え付けの魔術灯に照らされた薄紫色の髪が眩しく見える。眠気のせいだろう。
「お茶、淹れてきたの。居残りさせられてるって聞いたから」
眠気覚ましになれば良いのだけれど、と続けて、アカシア書房の記者の一人である女――アリアブライルンはデスクに盆を置いた。二つ並んだカップからほんのりと湯気があがる。薬草の香りが辺りに広がり、胸を満たしてくれる。
「ありがとうございます、助かりました」
「どういたしまして」
ヴァネッツは微笑んでカップを手に取り、静かに茶を啜った。清涼感のある味わいで喉を潤すと、眠気がどこかに逃げてゆくようだった。アリアブライルンもまた空いている椅子に腰掛け、薬草茶を楽しんでいる。
暫し無言が続いた後、ふぅ、と温まった息を吐いて静寂が破られた。
「アリアの淹れるお茶はいつも美味しいです」
「そう? ……ありがと」
素直に褒めると、相手は少し照れくさそうに微笑んでくれる。ヴァネッツもまたつられるようにして、青年と呼ぶには少し幼い顔を綻ばせた。
「お客さん、編集長に用事なのよね?」
「はい。でも作業が一区切り付くまでの時間を稼げって。いつも通りです」
「作業って、あの人ほんといつ寝てるのかしら……」
「さあ……」
再び訪れた沈黙の中、時計の針だけが微かに鳴り続けた。
少年は今日も生贄となるべく客人を待つ。話しているだけで疲れる相手でなければ良いなと願った。