アカシア書房

短編

#-- 酒の肴に流星を

 とある世界のとある大陸では今晩星の雨が降ると言う。
 無数に降り注ぐ流星を、人々は祭りの熱気で迎える。大陸全土を巻き込んだ、数年に一度の大イベントだそうだ。
「で、あいつら今頃旨い地酒でも飲みながらベタベタベタベタしてるわけっすよ! 俺たち差し置いて! 君の瞳に乾杯……きゃっ嬉しい! 大好き! 抱いて! みたいなさぁ!」
「そんなキャラじゃねーだろ……」
 休暇を使って二人で祭りに向かった男女がいる一方で、その同僚たちは言い出しっぺアジトに集まり、持ち寄った酒を次々と飲み干していた。床に酒瓶が並び、日用品に雑誌、ゴミ袋などが散らばった汚い部屋が更に混沌としてゆく。
「ご覧、君の秘境もこんなにミルキーウェイだよ……いやぁんもうエリーったら! きゃぁん!」
 家主であるディーレは小ぶりな酒のボトルから直接果実酒を呷り、せわしなく上半身を動かしながら、似ても似つかぬ一人二役の芝居を続けた。題材は今二人で祭りに行っている同僚たちだ。
「お前その語彙をもっと生産的なことに使えよ」
「生産的なことって何っすか、セックスかそうかやっぱりセックスか畜生女なんていねぇよ」
 隣に座るロセロは、くだらない話に逐一突っ込みを入れながら、手にしていたジャーキーに豪快に噛り付いた。そしてディーレが掴んでいたボトルをひったくり、残り僅かとなっていた酒を一息に飲み干してしまう。抗議は受け付けない。
 二人とも酔いが回り、顔が赤みがかっていた。
「女なら無防備な奴がそこに……」
 ロセロが顎で指した先には、本や服が雑多に乗せられたソファーがある。そしてその上、ディーレの服を押しのけながら、同じく同僚の一人であるミュゼロットが酩酊し寝転んでいた。
 普段の凛々しい様子はどこへやら、緩みきっただらしない表情を浮かべ、片足をソファーの背に乗せた大股開きの状態で脱力している。ショートパンツに包んだ引き締まった尻の色気はどこかに逃げてしまっていた。
 それを注視する者たちの目の前で、彼女はまどろんでは時々目を開け、思い出したように手元の袋詰め菓子を口に放り込んでいる。
 男たちは顔を見合わせた。
「すまん、女なんていなかった」
「うっす」
 酒に逃げる事にした二人は、床に置かれている紙袋から新たな瓶を取り出してその中身を呷った。
「あれ、マルどこ行ったんすかね。さっきまでそこで寝てたのに」
「便所じゃないか?」
 ディーレは新たに封を開けた揚げ菓子をつまみながら辺りを見回した。探しているのはやはり同僚である男、マルジュだ。鮮やかに燃える炎のような髪が目立つためすぐに視界に捉えることができた。
 他の面子同様かなり酒を飲んでいたと言うのに、その表情はいつも通りの涼やかさを保っている。しかしこの男は酔うと真顔で意味のわからないことを言う、と言う事をディーレは身をもって知っていた。
 キッチンから危なげもなく歩いてきた彼の手には、何故か大きなボウルが据えられている。
「……何やってんの?」
「ちょっと実験を」
 マルジュは床に散らばるものを避けて静かにソファーへと歩み寄った。そして水らしきものが入ったボウルを地べたに置き、ミュゼロットの手首を握る。
「寝ている人間の手をぬるい湯に浸けると小便を漏らすらしい」
「待てやこらあああああああ!」
 渾身の叫びと共に、マルジュの頭に未開封の酒が振り下ろされる。合成樹脂製の柔らかいボトルと言う選択はディーレの慈悲によるものだった。
「ここ俺んちだぞ!」
「知ってる」
「知ってるならやめろや!」
 実のないやりとりを続けながら、ディーレはマルジュの胸ぐらを掴み、軽く持ち上げるようにして身体を揺さぶる。その陰でロセロは酔いながらも正確に術を操り、作り出した空間の歪みに手だけを突っ込んで、一歩も動かぬままボウルを回収し湯をシンクに捨てていた。
 その表情はとても穏やかだ。各方面への突っ込みを素早く入れてくれる後輩がいるおかげで、自分は平和の中で呑んでいられる。
「元が汚いからあまり変わらないと思って」
「あーはいはい悪ぅございましたねー明日こそは片付けるんすよ」
 明日こそな、と繰り返してディーレは服を掴んでいた手を離した。解放されたマルジュは足をもつれさせソファーへと倒れ込む。下敷きになったミュゼロットが「ぐえっ」と鈍い声をあげ、彼女が掴んでいた袋から星の光を模した形のスナック菓子が飛び散った。
 傍観を決め込んでいたロセロは思わず笑みを浮かべる。
「良かったじゃないか、ここでも星が降ったぞ」