「いやその前に飯やろうよ、物語にゃ美味い飯が不可欠だ」
「何か一つのジャンルでいいから専門的な知識を与えてみたいのだけれど」
女三人寄れば何とやら、平和な談議に花を咲かせる様は微笑ましいものだ。僕は淹れたての茶を飲みながらその様子をぼんやりと眺めていた。社内の休憩室はとても居心地が良い。詰まれた資料や謎の道具で雑然としているが、それがまた我が社の本質を現しているようで落ち着く。
「エリー、何かあげてみてもいい?」
「いいよ」
二つ返事で応えると、同僚達は各々相応しいと思う品をポケットやポーチから取り出した。小さな花が咲いた皮細工の指輪。色鮮やかな粒状の菓子。白い紙片、に今しがた小さな字で何かをびっしりと書き込んだもの。彼女達はそれを鉢の中へと押し込んだ。
先ほど机の上に置いたばかりの透明な鉢は、入れ物と同様に透き通ったゲル状のもので満たされており、一本の苗がその中央に植わっている。彼女達が入れた雑多なものの他にも、僕が与えた小さな砂時計が底に沈んでいた。
この鉢はつい先日まで体験していた仕事を終える際に土産として貰ったものだ。とある世界のとある国で開発された、物語の成る草。有機物・無機物を問わず、肥料として与えられた品から物語を吸い上げて本を実らせる。僕が働いていた所では、狙った内容に育てるための特殊な肥料を与えていたけれど、専用のものを使わずに育てるのもまた楽しいと勧められたのだった。
この種の成長速度はとても早く、そこが育てる上での利点であり難点でもある。筋の通った物語を収穫するためには、一つの実を残して他は全て育つ前に摘まなければならないのだ。間引きを行わないと一冊で済む内容が十数冊に渡って続く冗長な物語になってしまうし、間引きが遅れると半端に育った実に宿った内容が失われ不完全な物語になってしまう。
今はまだ花も咲いていない状態だから良いが、明日の昼ごろからは早速余分な花を摘まなければならなかった。出先で短くて数日、長くて数十日は拘束される僕だけでは到底世話などできるはずがない。そのため、自社に置いて同僚達に代わる代わるその世話をしてもらおうと計画したのだった。幸か不幸かここには終業時間というものが無く、いつも誰か一人ぐらいは起きていて仕事をしている。
「で、どんな事に気を付ければ良いのかしら」
「ちょっと待って、今書き出して貼っておくから」
目の前のトレイから誰かの書き損じの紙を取り出し、裏面に世話の仕方を簡潔に書き込んだ。一つの花・もしくはその後に成る実を残して他は全て摘むこと。水は培養ゲルの表面が乾いてきたら少しだけやること。好きなものを与えて良いが一人につき一つまで。実は成熟しきったら勝手に落ちるので、それまでなるべく触らないこと。このくらいで良かっただろうか。
「こんな感じでよろしく」
「ほいさ、皆に適当に伝えておくよ」
「育つの待ち遠しいねー」
皆も楽しみにしてくれているのは僕としても嬉しい。
そして翌日の昼過ぎ、僕は早速咲いた花の間引きを行ってから取材のため自社を後にした。
帰ってくることができたのは七日後のことだった。先ほど本が熟した、と同期が教えてくれた時には胸が高鳴ったものだ。しかし今日も受付デスクの陰で事務仕事に勤しんでいた彼は、報告の後に「けど……」と付け加えて、そのまま押し黙ってしまった。問い質すよりは実物を見に行ったほうが早いと考えた僕は早足で休憩室へと向かった。
草は順調に育っていた。鉢の底には同僚達が入れたと思しき物品が沈んでいる。短くなった鉛筆、リボンで封をされた小袋、小さな車の模型、謎の金具、八面サイコロ、飾りボタン、禍々しい人形、注射器、爬虫類の干物、避妊具、そして、
「何だ、これ」
鉢の上半分を占拠し、更にその外にまではみ出した漆黒の物体。ぬらりと光るそれが机を汚さないようにと言う配慮か、鉢の下にはいつの間にかぼろ布が敷かれている。熟した本は既に鉢から引き剥がされ、漆黒の何かと触れない位置に遠ざけられていた。
苔を巨大化させたような何かに触れてみる。表面はぬるついていて、指先に粘液のようなものが残った。匂いはほぼ無い。
「それ、海藻だって」
誰も居ないと思っていた中、詰まれた本に隠れるように机に突っ伏して寝ていた同僚が、顔を上げて素っ気なく教えてくれた。
「海藻……」
「オオヌルヌルヌルッポンって言う、刻んでスープに入れると美味いやつらしい」
「どうやってこの量入れたんだ……」
「乾燥のやつを放り込んだら増え過ぎたとか言ってた」
今や鉢の半分以上を占めている海藻を見ていると嫌な予感しかしない。しかし僕はこの物語の行く末を見届けるため、実ったばかりの本を手に取った。カバーの無い手のひらサイズの本は表紙も背も裏表紙も黒く、更には小口まで黒く色づいている。僕は近くの椅子に腰掛け、少し黒ずんだ紙に黒字で記された本文を読み解き始めた。
あらすじは以下の通りだ。
とある人里離れた古城を観光資源として活用する計画が持ち上がる。その名はオオヌルヌルヌルッポン城。この地の名物であるオオヌルヌルヌルッポンを用いたフルコースを楽しんだ後に宿泊し、荘厳な雰囲気を楽しむというものだ。しかし参加した九人の男女はオオヌルヌルヌルッポンを喉に詰まらせて死んだと言うかつての城主の呪いにより城に閉じ込められてしまう。困惑する彼らをあざ笑うように、どこからともなく湧き出るオオヌルヌルヌルッポン。そこに突如現れたかつての城主の亡霊は、あと三日でお前たちは死にこのオオヌルヌルヌルッポンの養分となるのだと告げ、消えた。参加者たちがパニックに陥る中、その一人であるギャンブラーがオオヌルヌルヌルッポンに絡め取られ死ぬ。恐怖に煽られ、散り散りになってしまう参加者たち。マジシャンである主人公ヌルオとその恋人ヌルッポリーナは持ち込んでいたもので調子を取り戻そうとするが、好物の砂糖菓子の味も恋人の香水の香りも全てオオヌルヌルヌルッポンのものに変わっていた。そんな彼らを呼ぶ声、そして第二の犠牲者となるオオヌルヌルヌルッポン研究の権威であるオオヌル博士。地底から現れたオオヌルヌルヌルッポン人によって連れ去られたヌルオたちはオオヌルヌルヌルッポン神が祀られた祭壇へと捧げられる。オオヌルヌルヌルッポンの洗礼を強制的に受けさせられたヌルッポリーナはオオヌルヌルヌルッポン神の遣いである異形のオオヌルヌルヌルッポン巫女へと姿を変え、「オオヌルヌルヌルッポン様! オオヌルヌルヌルッポン様!」とオオヌルヌルヌルッポン声で叫んだ。ヌルオは恐怖しオオヌルヌルヌルッポンを振り回してオオヌルヌルヌルッポン人のオオヌルヌルヌルッポンをオオヌルヌルヌルッポンし
「おーい、ロッシェ見なかったかー?」
聞き慣れた声で現実に呼び戻された。少し開けた扉から顔だけを出しこちらを覗いているのは営業担当の同僚だ。ここにいない者を探す眼は、心なしかいつもより疲れているように見えた。
「僕は今帰ってきたばかりでわからない……何か急ぎの用事?」
「ああ、俺の案件を引き継いで貰うことになってさ。ほんと聞いてくれよマジで、店が迷宮になってて担当者が見つからねーのよ、対話さえできりゃどうとでもなるってのにその店と来たら」
彼は溜まっていたであろう愚痴を休憩室にするすると流してゆく。 はあ、と大きく息を吐く彼を同席者が指さした。いつの間にか面子が変わっていたことに気づかなかったのは、黒い海藻が描く奇怪な世界にのめり込んでいたゆえだろう。
「そこの海藻入れたのあいつだよ」
「へぇ」
「あれー膨らまねぇなーって言ってたくさん入れてて、次の日見てみたらこの有様」
「へぇー」
乾いた笑いが漏れた。そして僕は自分でも驚くような速さで立ち上がり、標的を拘束するべく駆け出していた。
「すまん! 後からあんなに増えると思わなかったんだって!」
「僕の愛娘を汚しておいて何を今更」
「今更っていつからアレ娘になったのそれに変なの入れた奴なら他にもいるし呪いの人形はボスががががぐへっ」
組み付いてチョークスリーパーを決める。目撃者も黙ってこちらを見守っており、とても平和な光景だ。
「ふざけた中身なのにちょっと面白かったんだよ!」
「キレる、とこ、そこ! かよ!」
その後の僕らは彼にも例の本を読んでもらうことによって和解した。ヌルヌル、ヌルヌル、としばらく小声で呟いていた気がするがそれ以上は僕の与り知るところではない。
彼が出先で貰ってきたと言うオオヌルヌルヌルッポンは夕食のスープにも潜んでいて、なかなか美味しかったのがまた腹立たしかった。